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2014年6月

2013年北海道ツーリング その3

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時計台。夜の札幌を歩きます。

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テレビ塔。

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盆踊りが開催されてました。輪に入って、一緒に踊ります。私、自慢にもなりませんがこのテのセンスは泣きたくなるほどありません。見よう見まねで踊っているものの、実態は“ワイパー”。もうワイパーっすよ。札幌の盆踊りで“ワイパー踊り”なのです。旅の恥はかき捨てと言いますが、実践してました。

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テレビ塔から大通公園。テレビ塔に上ったのはこれが初めてなのでした。

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狸小路5丁目のゆるキャラ。

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北海道といえばジンギスカンですね。

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2013年北海道ツーリング その2

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寄港地、秋田港に入港です。もちろん、今回はここで下船しません。

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お見送りを受けて秋田港を出港です。

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僚船、フェリーしらかばとすれ違いました。

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旗流信号が掲げられています。航海の安全と無事を祈る、でしょうか。

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北海道が近づいてきました。

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苫小牧東港入港中。

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北海道上陸。

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国道235号線にて。苫小牧市に入ります。北海道では市町村の境にこのような標識があるので、必ずといっていいほどバイクを止めて記念写真を撮ります。

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苫小牧から高速道路を走り、道央道札幌南I.Cで下りました。

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2013年北海道ツーリング その1

10日ほど前に沖縄に行ってきたのですが…。

貴重な夏休み、2013年の夏は2013年しかない!

楽しい事は先にやれ、こんなモットーを持っている私。

この年から方針転換?したのです。

ステルビオを購入したのもその為。

ロングツーリングが年々やりにくくなっている現実。
長距離走行に強いバイクが欲しい。

夏に限って比べてみると
GPZ1100に乗っていた頃は、

1997年 北海道
1998年 北海道
1999年 沖縄
2000年 北海道
2001年 無し
2002年 沖縄

ところがST4sでは

2003年 無し
2004年 無し
2005年 九州
2006年 無し
2007年 北海道
2008年 無し
2009年 沖縄
2010年 無し
2011年 無し
2012年 無し

ST4sに10年も乗っているのにこの惨状。ロングツーリングが年々やりにくくなっているのがよくわかります。

バイクは(車もですが)移動の為の手段、思い出を作る為の道具、と捉えている私。思い出が無いのは寂しーっ!ステルビオを購入したのもモトグッチに乗ってみたい、より長距離に強いバイクが欲しいから。

ブログを書き始めた2008年以降ならば、バックナンバーを読めば何をしていたのか何となくわかる。だけどそれ以前となるとほとんど思い出せないのです。特に2006年の夏は何やっていたのか?もう、さっぱりですよ。思い出したくても思い出せない。これって、つまんないし、寂しい。

確かに、確かにある程度の費用はかかる。でもこれは決して“死んだお金”ではありません。5年後、10年後でも“生きているお金”だと確信します。その頃の思い出として鮮やかに残りますから。そして、ブログにアップしてweb上に足跡を残す。ましてやロングツーリングがやりにくくなっている今、今行かないでどうする、いてもたってもいられない気持ちになってしまうのです。

という訳で北海道へと出発したのでした。

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2013年8月14日の夕方、サイドケースに荷物を詰め込んで出発準備が整いました。

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目指したのは新潟西港フェリーターミナル。

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新日本海フェリー「あざれあ」に乗船。

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新潟を後にしたのでした。

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入院

今日はステルビオをバイク屋さんまで持って行ってメーター交換。

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交換前のメーター、23326km。

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メーター交換中。

あぁ、これでメーターから解放される!

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新しくなったメーター。オドメーターも0km、トリップメーターも0km。
ステルビオが“新車”になりました。
自慢じゃないが私のステルビオ、歴代オーナーさんの取り扱い宜しきを得て目立つような傷が無いのです(スクリーンに細かい傷はあるけどね)。立ちゴケ歴も0。
だからメーターの数値が「0」になっただけでも気分は新車。新車なんて、ハスラー50以来。ずーっと中古車ばかり…。
時計はまだ合わせてありません。帰ってからマニュアル見てやろうと。
マニュアル持って行くの忘れちゃったんです。気が付いたらバイク屋さんにいました。

さて、走り出します。心なしか、エンジンも弾んでいるように感じるのは気のせいでしょうか?

高速道路を走って…。おぉ、液晶が正常に作動している!
ステルビオの速度表示は大きくて、パッと見ただけで判別できる。
スピード感の無いステルビオ、免停の恐怖からもこれでおさらば。


ところが…、
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えっ!?

!!(゚ロ゚屮)屮

たまたま、たまたまだよね。

交換してまだ10kmしか走ってないじゃん。

1度スイッチを切って、再びエンジン始動。そして走り出す。

何かが逆よ。
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その後、液晶表示がおかしくなったり消えたりが頻発。前と全然変わらない。
初めてお目にかかる“バージョン”もあったけど、全然嬉しくない。
イチイチ、写真も撮ってられない。

どうしようか?

電話しにくいなぁ。

でも、現実を直視せねば。

Uターンしてバイク屋さんに逆戻り。

バイク屋さんの直前で、
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パッと見、正常だけど…。

アイドリング中。
ニュートラルランプが点灯。
サイドスタンド警告灯が点灯。
両手でカメラを持って写真を撮っている。

ありえねぇー。

バイク屋さんに着く頃には液晶表示は消えてしまった。

他のモデルでもやはり液晶表示がおかしくなって、メーター交換で直した経緯がある。
輸入元と相談しながら対応する事となった。

ステルビオ、入院。

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サイドスタンド“延長”

昨日の午前にようやくバイク屋さんからステルビオのメーターが入荷したとの連絡があった。

いやーっ、長い!注文してから3ヶ月半でようやく入荷。

バイク屋さん、忘れてるのかな?とか、オレ、本当に注文したっけ?とか、“迷走”してました。

こんなに長いと注文した事すら忘れてしまいそう。

実際にいるかもしれないよ。

「ご注文頂いた部品が入荷しました」

「えっ!?注文してましたっけ?」

と、すっかり忘れてしまっている人も。

ST4sのブレーキ修理で7ヶ月近くもかかったから、それと比べると3ヶ月半なんて短い?

我ながら忍耐力があると自分で自分を褒めてやりたい。

さて、入荷連絡が来たのでバイク屋さんまで行かねばならない。


 の
  前
   に、

ステルビオにはやる事がある!

先日、“サイドスタンドプレート”が破損したステルビオ。

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まぁ、試作品だし…、自作だし…、と言い訳するもの、実際にはチャチなもの。耐久性が無いもの不思議ではない。

そこで、
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このようなサイドスタンドの下に敷くプレートを作りました。でもねぇ、やってられんのですよ、イチイチ。

便利でないわけで、使いかってがよくありません。

やっぱり、サイドスタンドそのものを“延長”しないと。歴代オーナーさんによって一応は“延長”されているのですが、ステルビオのそれは横方向の割合が大きく、効果は少ない。

短いスタンドは時には便利な事もあるにはあるのですが、殆どにおいては不便なもの。引き起こしは重い、止める時も「ドン」とやってしまって負担がかかる。

実際にどれくらい傾くかというと、
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SONY HX200Vの水準器を作動させてカメラを水平にして撮ると、こんなに傾くのです。これでは引き起こしが重い、個人的事情で引き起こす際の負担が大きくて腰に負担がかかる。腰的に崖っぷちにいる私、これ以上痛めてしまったら寝たきりになってしまう。それは嫌だ。

そこで、何とかしようと頭を捻るのでした。

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用意した素材はこれ。

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アルミチャンネルっスよぉ。ホームセンターに行ってテキトーに、適当にではなくてテキトーに買ってきたのです。これで何とかしよう!

制作するに当たって1つだけ条件があります。それはステルビオを“傷物”にしないこと。こうすれば簡単だ、固定が容易に出来ても、ステルビオには溶接、穴あけ等の加工は一切加えない事。これはやり直しを容易にする為で、まだまだ“仕様”が決まってない段階ではそのような事は一切やりたくないのです。

切断して、あーして、こーして。用意した部材では固定に悩み、手元にあるアルミ素材をあーして、こーしてサイドスタンドに“下駄”を噛ませて“延長”しました。

匿名のブログだたかこそ発表できる“それ”は?
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全く、追っつけ仕事の典型ですな。

実際にどれだけ傾きが修正できたかというと、
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この位。

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接地面は、こんな感じ。

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逆駐車させてみました。

DIYの究極奥義「ま、いっかぁ」を発揮しましょう。

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2013年・8月の沖縄 その17

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瀬底島。立ち寄る時間が既に無く、通り過ぎただけでした。

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泉崎交差点。

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レンタカーを返却。

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市場本通り。牧志公設市場付近のアーケード街をプラプラ歩きました。

そして、牧志公設市場2Fの食堂で夕食です。

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今夜はイラブー汁です。

このイラブーはスープを絞り切ったようで、小骨ばかりで身はパサパサ。食べるよりもスープとして食すもの。滋養がたっぷりとあるようで元気が出る?ずっと以前に沖縄出身者に聞いたところ、かつての宮廷料理だとか。

さて、イラブーとは?

ウミヘビの事です。

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沖縄といったらこれでしょう。所在地は国際通り三越裏。沖縄にも温泉があるのです。温泉に入って汗を流します。

東京に戻っても帰宅は午前様。風呂に入っている時間など無いのです。しかし、季節は夏。風呂に入らないとベタベタして気持ち悪い。沖縄でさっぱりとしときました。

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温泉後のアイスは美味い。ブルーシールアイスクリーム、ピスタチオ。

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それでも時間ギリギリまで国際通りを歩くのでした。本当にギリギリまで粘って、タクシーで空港に向かうのでした。

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スカイマーク最終便に搭乗して東京に戻るのでした。

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2013年・8月の沖縄 その16

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国道331号線、糸満市真栄里交差点。

下の写真と同じ場所で撮ったのですが、道路が整備されていて4年間の変化に驚きました。

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2009年8月20日、国道331号線、糸満市真栄里交差点。

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クローディアス M.イースリー准将追憶碑。

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EDWIN T.MAY追憶碑。

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バックナー中将戦死之地。

米軍とて犠牲も多く、沖縄上陸軍最高指揮官バックナー中将が昭和20年6月18日に戦死。翌19日にはイースリー准将も戦死しています。米軍で中将の高級将校が戦死したのは沖縄しかなく、今に至っても例が無いそうです。いかに激戦だったか伺えます。

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栄里之塔。

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白梅之塔。

沖縄県立第二高等女学校戦没者の碑。ここ、国吉での犠牲者が多かった事からこの地に慰霊塔が建てられたそうです。

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白梅学徒看護隊自決之壕。

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この写真は2009年8月19日に撮ったものです。白梅之塔を訪れたのですが、時刻は19時19分。既に薄暗くなってしまい、しかも雨も降っていました。

写真と撮った時は薄暗くて気が付きませんでしたが、東京に戻ってパソコンに取り込んだ写真を見ると洞窟の天井部分が異様に黒くてギョッとしたのです。おそらくはガソリンで焼かれたか、火炎放射器によるものではないかと。

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萬魂之塔。

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山形の塔。

山形県出身戦没者の碑。ここは国吉ですが、摩文仁にはほぼ全都道府県のそれがあるのです。

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真山之塔。

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白梅学徒隊上の壕。

どこに壕があるのか短時間では分からず終いでした。手記(「白梅 沖縄県立第二高等女学校看護隊の記録 白梅同窓会編(クリエいディブ21)」)によると下の壕は傷病兵の看護場所、上の壕は食料や弾薬の倉庫で、非番の学徒の仮眠所だったそうです。21日に下の壕が攻撃され、22日に上の壕も攻撃されたとあります。

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歩兵第三十二聯隊終焉の地。

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2013年・8月の沖縄 その15

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沖縄県立首里高等女学校、沖縄県立女子工芸学校戦没者、ずゐせんの塔。

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魂魄之塔。

まだまだ写真を撮ってはいるのですが、とてもアップし切れません。アップし切れないほどこのあたりは慰霊碑が多いのです。

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糸満市米須の地下ダム。サトウキビ畑の下に巨大な地下ダムが存在しているのです。という事はいかに水に苦労しているのかがわかります。沖縄戦の手記を読んでも水に苦労した様子が伺えます。

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米須地下ダムにある碑。「命水」と書いて「ぬちぐすい」といいます。

外国を旅していた方の手記を読むと、日本ほど水に恵まれた国は無いとの記述がありました。資源の無い国というがとんでもない、水という人間に欠かせない資源が豊富にある国、それが日本。あまりにも水が身近にあるのでありがたさを忘れているとも。

島巡りをしていると各家庭に貯水槽が設置されていたりするので、島では水は貴重な物。粟国島ではかつては「トージ」と言って水を溜める容器があって、その大きさでその家の経済力がわかるという事も何かの本で読みました。

「ぬちぐすい」、いい言葉だなと思いました。

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具志川城跡。

あっ、そう、急ぎ旅の身、今回は「ひめゆりの塔」、「ひめゆり平和祈念資料館」は立ち寄れませんでした。

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喜屋武岬にて。沖縄本島最南端を示すモニュメントだとパッと見思うのですが、違うのです、平和の塔。碑文を略すと、第六十二師団隷下部隊は…、米軍に対し最後の迎撃を…、昭和二十年六月二十三日玉砕せり。

ここにも戦跡があるのでした。

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喜屋武岬にて。

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喜屋武岬の灯台。

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1999年夏。

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2013年・8月の沖縄 その14

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奥武島から国道331号線を走り平和祈念公園をやや過ぎた国道左側の所です。
初めて訪れが1999年夏はまだまだお店も営業していて賑やかだったのですが、今では閉店してしまって閑散としてしまいました。
ここにレンタカーを止め、しばし歩きます。

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陸軍中央航空路部隊と第5野戦航空修理廠第1分廠戦没者、風部隊之碑。

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独立臼砲第一連隊戦没者英霊之碑。

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南冥之塔。

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戦没将兵の碑。

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ガマ(洞穴)があっちこっちにあり、将兵、民間人が立てこもったのだろうと想像します。

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摩文仁の海。

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沖縄師範健児之塔。

この写真も撮ったはずなのですが帰宅後にパソコンに取り込んでみると画像がありませんでした。撮ったつもりになっていたようです。ここにアップした写真は2008年8月4日に撮ったものです。

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第三十二軍司令部終焉之地。

こうしてちょこっとでも歩くと沖縄戦で日本軍が追い詰められた状況が何となくてもわかりました。

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勇魂之碑。

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黎明之塔。

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黎明之塔から平和祈念公園。

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2013年・8月の沖縄 その13

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奥武島の海岸。

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潮だまりには小魚がいました。

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童心に戻ってヤドカリを捕まえて遊びます。

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ニャンコちゃんも暑いようですね。車の下でまどろんでいます。

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ガンガーラの谷。

何と予約制なのです。コバルト荘でガンガーラの谷に行ってみたいと言ったところ予約しないと入れないと聞いたのですが、取り敢えず行ってみました。こちらは“宿題”としました。この年、9月、10月、11月と沖縄を訪れたのですが、今尚“宿題”は果たしておりません。

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八重瀬町役場前のふくぎ並木。

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2013年・8月の沖縄 その12

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仲村渠樋川(なかんだかりひーじゃー)。

仲村渠集落の共同用水施設で、沖縄の代表的な石造井泉を代表するものだそうです。沖縄戦で破壊されたが平成16年からの工事により、大正2年当時の状態に復元された。説明文より。

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受水走水(うきんじゅはいんじゅ)。

沖縄の稲作発祥の地。

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奥武大橋。奥武島に行きます。

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グラスボートに乗ります。

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魚たちもボートが来ると餌が貰えることを知っているので近寄って来るそうです。それでも海の底にいる魚は警戒心が強い魚との事でした。。クマノミもいて、綺麗な魚がたくさん泳いでいました。

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グラスボートから。

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2013年・8月の沖縄 その11

翌5日、コバルト荘から離島桟橋「とまりん」まで歩きました。

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今回、「とまりん」の写真がありませんでしたので過去の写真から。2008年8月4日撮影。

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離島航路の運行状況。

島巡りをしていた頃はこれは欠かせないものでした。特に冬は海が荒れるので欠航が少なくありませんでした。綱渡りの連続でした。

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「とまりん」から離島桟橋。フェリーざまみ(右)、貨客船だいとう(左)が見えます。

「とまりん」にあるOTSレンタカーで車を借り、早速走り出しました。
国道507号線を走り、国道331号線へ。与那原町に入ってすぐだったと思います。「フッチャー石」の案内標識を見つけました。何だあれは?という所でヒョイっと止まれるところが車やバイクの良さです。

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フッチャー石。

案内によりますと

平坦な耕作地に立っているこの石は手登根大比屋(第一尚巴志の弟)にまつわる伝説・伝承を今につたえています。
その一つは、手登根大比屋が第一尚志王統時代に明国から持ち帰ったという伝説です。二つ目は、手登根大比屋が「アカバンター」(宇手登根集落後方にある丘陵上の地名)から投げて、現在の位置に突き立ったという言い伝えです。
第二次対戦前このフッチャー石周辺には丘と、そばに溜池(方言:クムイ)があったそうです。その溜池は「フッチャーグムイ」と呼ばれていました。

という説明でした。ちょっとした所にもガイドブックには載ってない歴史的なものがあるのも沖縄の魅力です。

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世界遺産に登録されている沖縄で1番の聖地、斎場御嶽(せーふぁうたき)へ行きます。

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御門口(うじょうぐち)。斎場御嶽の入口です。

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大庫里(うふぐーい)。祭「示巳」的(「」内は1つの漢字)な機能を持つ格式の高い場所。

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シキヨダユルアマガヌビー(奥)とアマダユルアシカヌビー(参道側)。

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三角岩。

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久高島遥拝所から久高島。

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寄満(ゆいんち)。

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艦砲穴。

実際に御嶽を歩くと信仰の対象となるような奇岩、奇石がゴロゴロ。神秘的な雰囲気さえ漂わせてます。

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先生も人間

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今日の新聞にこのような記事があった。

中学教師の勤務時間が長く、4分の1が部活動や事務作業に費やされていたという記事。

実際、部活に費やされる時間が多過ぎるのだろう。

自分が中学の時とチーっとも進歩していない。

朝練や休日の部活動に顧問の教師が付き添うのは当たり前の事だと思っていた。

しかし働くようになって、しかも月月火水木金金と今日が何月何日何曜日かわからない有様を実際に何年も体験して、休日の部活とは言え、それが如何に大変な事かと実感した。家族持ちの先生だったら家族と過ごす時間が必要だろうし、独身の先生だったらデートする時間が欲しい。それがパーになるのだからストレス溜まりまくり。生徒に対して発散するわけにもいかない。

こういうような事を見聞きする度に教師も人間である事を忘れている、いや、知らないのかと思うのです。聖職者?という美名の元、あれもこれも要求するのは酷だと思うのです。

部活動のあり方について思うことはありますが、休日であっても部活動に付き添った当時の先生方には感謝しております。ありがとうございました。ただ、今も尚、当時と変わらない有様は長嘆するだけです。

部活に関しては教師の負担を減らすべきだと思うのです。

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現実逃避

何だかこの頃は急に仕事に対して自信が無くなってしまいました。

見積に苦慮しているものがあるのですがやった事が無い上、規模が大き過ぎる。

経験が無いから想像できず、空想で見積もっているようなもの。

ましてや規模が大き過ぎて対応能力を超えている。

取り敢えず目上の人に相談してみるものの、何とかやれ、そんな事も出来ないのか、と相談にならない。

こうすれば出来るんじゃないか、これはちょっと無理だろう、そんな具体的なアドバイスが欲しいのだが。

万が一にも決まってしまうとこれはこれで大変な事になってしまう。

人を集める、と口で言うのは簡単だけど、ただ集めればいいってもんじゃないので容易ではない。

しかもこの会社、知ってるというだけで今まで取引実績が無い。

大丈夫だろうかと不安も大きい。

見積もってみましたが対応能力を超えていますと文章を添えたいのだが、文案が思い付かない。

それにこの頃はなんていうのかな、無理な依頼も増えてきた。

現状がしっちゃかめっちゃかでそれ故に不具合が発生しているのに、何とかして欲しいとか。

もっと根本的にやるべきとろこを“大人の事情”でやらず、対処療法で済まそうとか。

もともとのキャパシティが不足しているのに何とかしろとか。

こんな事ばっか。自然現象は防げません。

何でこんな事してるんだろう。無理が通れば道理が引っ込むとじーさんは言ってたが、正にその通り。もっと理屈にあった仕事をしたいなとつくづく思う今日この頃。魔法使いではないただの人間がやっているのだらか、無理は無理。

仕事とは挑戦であると思っても、つい億劫になって電話連絡もやらず終い。

同業者さんのHP、ブログを徘徊する。

経験が豊富で羨ましい。

でも肝心なノウハウとなると苦労して得ているだけにそうは公表しないわな。

うがった見方をすれば上手くいった例だけをアップして、そうでない例はアップしないとも考えられるが。

現に私、写真提出を求められても見せたくないものは撮りません。

見積に苦慮しているのは経験が欲しくても10年に1度あるか無いかの案件。

業者さんによってはしょっちゅうやっている事でも、こちらは滅多に無い仕事。

これでいいのかなと、不安だけが先に立つ。

バイクに例えると中型免許しか持ってないのに練習もしないで限定解除1発合格を狙うようなもの。

限定解除だったら撃沈で済む。けど、仕事はそうはいかない。即、金銭問題になってしまう。

自分の中では無理だ、対応できない、断ると判断していても、こんな事も出来ないのか自責の念もある。

人間が成長するには段階を経て成長するものだが、仕事となると跳躍し過ぎ。段階を得る機会が無い。

空想で見積もった見積書を提出して、仕事が決まらない事を願うのみ。やはり文章も書くべきか。

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2013年・8月の沖縄 その10

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通行止めが解除された国際通り。時に19時22分。南国沖縄はまだ明るいのでした。

いきなり牧志公設市場でございます。

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1階の売り場で食材を買い求め、2階のお店で調理してもらうのです。

どれにしようかな?

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アオブダイ、グルクン、ミーバイ…。南国らしく色とりどり。

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夜光貝。

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ヤシガニ。

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シャコガイもあります。

どれにしようかと迷いましたが食材を買い求め、2階の食堂に案内されました。

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食堂にて。目の前にあったお酒。

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海ブドウとシャコガイと何かの刺身。

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グルクンの唐揚げ。

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ノコギリガザミ。自分の中では1位花咲ガニ、2位毛ガニ、3位ズワイガニですが、ズワイガニに匹敵する美味しさ。今回はちょっとしょっぱかった。

これらをオリオンビールと共に食したのでした。

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夜の長い沖縄の事。いつもならこれから民謡酒場へと出没します。しかし夏風邪気味で体調の悪い身、エアコンの効いた店内にいるのは辛い。大事を取ってさっさとコバルト荘に帰ったのでした。

夜中はやっぱり咳が止まらず、苦しい思い。胸にバンテリン(腰痛対策として行動中は持ち歩く)を塗ってなんちゃって咳止め。スースー感で誤魔化すのでした。

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2013年・8月の沖縄 その9

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パレットくもじ前広場にて、琉球國祭り太鼓の演舞。

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メンバーの中にこの演舞をもって10数年に及ぶ活動に終止符を打つ人がいて、今にも泣きそうな顔で演舞しているのが印象でした。様々な思いが駆け巡るのでしょう。

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演舞終了直後。

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最後はやっぱりカチャーシー大会。
本場沖縄で見るそれは一味違います。

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全てのプログラムが終わって「ありがとうございました」のシーン。ジュニアメンバーも加わっています。


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「夏祭り in 那覇」が終了し、閑散とし始めた国際通り。時に17時46分。以前はパレットくもじ前広場では21時まで演舞がありましたが、今やよい子の時間で終わるようになってしまいました。夜の長い沖縄ではこれからなのですが。

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ニャンコちゃんは我、関セズ。

一端、コバルト荘に戻って汗を流し、再び国際通りに出撃するのでした。

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2013年・8月の沖縄 その8

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うるま市へしきや青年会の登場です。

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創作エイサー団体はもとより、他の青年会と比べても衣装は地味、演舞も派手さがありません。

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地味で派手さが感じられませんが、その分、昔ながらのそれを色濃く引き継いでいるのだと感じました。

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演舞は派手さは無いものの、重厚な演舞。

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うるま市へしきや青年会のちょんだら~。

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一見地味な演舞のように感じますが、間近で見ると重厚でなかなか迫力がありました。

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読谷村都屋青年会。

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読谷村都屋青年会。

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読谷村都屋青年会。


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2013年・8月の沖縄 その7

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古武道太鼓集団風之舞。

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古武道太鼓集団風之舞。

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古武道太鼓集団風之舞。

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八重瀬町ぐしちゃん青年会。

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八重瀬町ぐしちゃん青年会。

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糸満市武富青年会。

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糸満市武富青年会の地謠。

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糸満市武富青年会。

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浦添市牧港青年会。

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浦添市牧港青年会。

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浦添市牧港青年会。

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2013年・8月の沖縄 その6

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棚原弥勒太鼓。

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棚原弥勒太鼓。

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棚原弥勒太鼓。

写真をアップするにしても、どれにしようかなぁっとかなり悩みます。

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海上自衛隊エイサー。

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海上自衛隊エイサー。

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那覇太鼓の地謠。

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那覇太鼓。

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那覇太鼓。

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かなぐすく太鼓会。

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かなぐすく太鼓会。


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2013年・8月の沖縄 その5

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見事な演舞を披露した団体ですが、残念だけど団体名がわからないのです。写真を撮る時は必ず団体名が書いてある旗も撮るのですが、撮ってなかった。

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那覇市松島青年会。

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那覇市松島青年会。

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“燃料”を補給します!

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潮平太鼓きじむなー。

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潮平太鼓きじむなー。

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いなほ太鼓。

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いなほ太鼓。

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2013年・8月の沖縄 その4

国際通りを通行止めにして、いよいよ「夏祭り in 那覇」が始まりました。

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那覇市長さんのオープニングです。

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琉球國祭り太鼓の演舞。演舞曲は「ミルクムナリ」。

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何と日出克さん直々の演奏です。

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美音。歌っている曲は「じんじん」です。

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こちらはにわかエイサー踊り隊です。当日の一般公募です。それでも演舞曲は「ミルクムナリ」をしっかりと演舞するのです。

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若獅子鼓衆きたみや。

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若狭ちむどんどん太鼓。

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南風原はなぞの保育園。

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龍華太鼓。

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通行止めになっている国際通り。

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2013年・8月の沖縄 その3

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これを見るといつも感心します。よく入れられるなぁって。

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お宿はいつものコバルト荘。空が超きれいです。

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2012年10月7日の写真ですが、こんな宿です。身一つで那覇に泊まる時は必ず電話。満室だったらほかの宿に泊まるスタイルです。「沖縄・離島情報」で広告を見てから十ン年、手元にある最新号(去年買ったもの)には広告がありませんが。2009年の沖縄ツーリングではバイクの安全が第一ですので、那覇市内からやや離れた駐車場のあるビジネスホテルに泊まりました。

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市場本通り。牧志公設市場の近くです。

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サーターアンダギーをパクつきながら歩きます。

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この周辺のアーケード街はまるで迷路みたいで、歩いていて楽しいです。

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こんな発見があったり。

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とにかく歩いて、歩き回ったのでした。

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2013年・8月の沖縄 その2

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伊平屋島上空。

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おまけ画像。2002年夏の沖縄、伊平屋島にて、灯台をバックに。

上空から2002年の「沖縄島巡りツーリング」のあれこれを思い出しました。
「バイクに乗せて」とせがんだあの子も今や高校生のはず。
エンジンが冷えてから乗せてあげたんよ。

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伊平屋島、野甫島、具志川島、伊是名島上空。

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那覇空港に着陸しました。

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これを見ると沖縄にやって来たといつも実感します。

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那覇空港にある水槽です。これ以外にも幾つかあります。

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那覇空港から慶良間諸島。空がすごく綺麗です。

こうして書いていると飛行機のエンジン音、日差しの強さ、沖縄の空気が蘇ってきます。

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しかし、那覇空港は国防上の第1線でもあります。駐機しているP3Cや今回那覇では初めて見たE2Cの存在がそれを物語ってました。沖縄の地理的な重要性を認識すべきだと思うのです。

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シリアスな話はさておいて、ゆいレールのキップを購入。

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モノレールに乗り込んだのでした。

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県庁前、パレットくもじ。夏の沖縄の空は、それはそれは綺麗なのです。真夏の青空を見上げて、きれいだなと感じたのは沖縄が初めてなのでした。1999年夏の出来事でした。

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2013年・8月の沖縄 その1

ブログの残り容量が少なくなって来ました。さぁ、どんどんアップしましょう。

2013年8月4日、「夏祭り in 那覇」を見に行く為に沖縄へ飛びました。

前年も見に行こうと飛行機の予約もしていたのですが、直前になって延期になってしまったのです。もう今更予約は取れません。その為に泣く泣くキャンセル…。しかもキャンセルした直後、何と予約していた飛行機は台風の為に欠航が決定!時間差でしっかりとキャンセル料は発生してしまって、踏んだり蹴ったりだったのでした。

そして2013年、毎年の事ですが直前に、いや当日になるまで行けるかどうかわからないまま飛行機を予約。しかも悪い事に夏風邪をひいてしまい、咳が止まらず体調が悪かった。毎年行っているものを止めてしまうと来年は行かれなくなりそうな気がしてしまう。熱意がなくなってしまうのか、環境的に行けなくなってしまうのか、とにかく行けなくなるのは嫌だ!悪いのは体調だけだからと何とか都合?を付けて出発にこぎ着けたのでした。

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羽田発6時25分、朝一のスカイマーク511に搭乗します。

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駐機場でのスカイマーク511。

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整備士が出発前の最終チェック?

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見送られて、いよいよ離陸地点に向かいます。

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離陸後、約30分。浜名湖上空です。

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高高度を飛行中。

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喜界島上空。

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奄美大島上空。

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徳之島上空。

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沖永良部島上空。

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仕事関係の…

レンズが傷だらけの携帯カメラで撮ったので画質はよくありません。

昨日、今日と仕事関係ですが、その親睦旅行に行ってきました。

場所はちょっと…、具体的に述べる事はしませんが、東京からはそれほど遠くありません。

普段、滅多に会わない人もいるのでいい機会なのですが、やはり仕事をしている姿を見ないと誰だかさっぱりな所があります。ましてやネームプレートがあるわけでは無いので誰が誰でどんな仕事をされているのかさっぱり…。

自分自身の欠点ですが、こういった面はからっきし。一期一会という言葉があります。いつも帰ってから後悔してます。

誰が何しているのかわかれば良いのですが…。

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2013年6月のツーリング その6

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新潟県村上市。

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カモメ。

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粟島。

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眼鏡岩海岸。

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港町岩船。

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オドメーター59000km
国道345号線、村上市松喜和交差点付近にて。

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胎内大橋から。

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親鸞聖人。

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関越道新潟西I.C。

ここから再び関越道で東京に戻るのでした。

総走行距離1017.9km

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2013年6月のツーリング その5

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井戸屋形。

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母屋と反対側にある建物。

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この年の秋に公開された映画「おしん」のロケ地に使われました。

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青山家所有の銘品。

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県道38号線から鳥海山を振り返ります。
前へ前へと進むツーリングですが振り返れば地平線、過ぎ行く山や海を振り返る事も少なくありません。

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庄内空港。

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加茂漁港。

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国道7号線、波度崎付近。

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道の駅あつみから。

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2013年6月のツーリング その4

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県道58号線をさらに進んで東北内部に入ろうとしたのですが、前日の事もあり、何となくイマイチ乗れてない感じ。狭くてクネクネした道を先に進むのは不安がありました。そこで引き返して海沿いを走る事にしたのです。

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県道58号線から飛島。

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山形県に入ります。県境では写真を撮って行動の記念にしています。

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農家レストラン八福神にて。

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メニューの1つである「浜焼き元気盛り」を頼んだら、海の幸がどっさりと出てきました。

食べられるかなぁ?

普段ならこの位は大丈夫なのですが、今はツーリング中。食べると眠くなってしまう。これを恐れました。普段のツーリングでは食べる方はさっぱりなのです。食べると眠くなる、食べる時間が無いという訳で昼食を抜いてしまう事が多いのです。

この日は朝もロクに食べてません。食べなきゃ持たないので完食しました。

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農家レストラン八福神から走り出してすぐに「旧青山本邸」の看板が見えたので行ってみました。

青山留吉のニシン御殿です。北海道の花田家ニシン番屋が有名ですが、山形にもあったのですね。

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母屋です。

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母屋の内部。神棚がすごい。

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母屋の神庭。

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天井の折鶴。

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これも母屋の中です。

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2013年6月のツーリング その3

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県道58号線から鳥海山。

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県道58号線沿いを流れる岩股川。

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獅子ヶ鼻湿原に行ってみました。
ツーリングに行く時は歩き回る為に普段のシューズも持ち歩くのですが、つい履き替えるのが億劫になってしまいライディングブーツで歩きました。これは失敗でした。

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遊歩道を歩いて。

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ブナの原生林です。

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川の水がきれい。

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案内に従って歩いているのですが、結構歩くのです。

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鳥海マリモ。

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自然に囲まれてワンダフル!

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一応、案内に従って歩いているのですが、これ以上進むと森の中で迷いそうです。来た道を引き返しました。

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全てが自然に囲まれているかと思えば意外な所に人工物がありました。

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歩き回った後のアイスクリームは美味っ。


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昨日も走行

予報では夕方から雨だけど、降るかなぁっと感じつつも雨は降らなそう
仕事が終わった後、ステルビオを引っ張り出して慣熟走行。

苦手な左折坂道発進は上半身がフリーズして大回り。

液晶が消える度にエンジンを再始動するのはもうやめました。

信号待ちでアイドリング中、エンジンがどうも心地よく感じる。

何となく不思議なエンジン。

いつもと同じコースを走る。

走行距離10kmちょい。

ST4sとステルビオではメーターの進み方に若干差がある感じ。

同じコースをはしているのにST4sの方が進み方が若干早い。

誤差という奴か。

走行距離23295km

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テスト走行

昨日は仕事が終わってからテスト走行。

時間をおいて改めて乗ると、また違った印象を受けるかもしれません。

うん、大丈夫。クラッチに滑りは発生してない。

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30分あまり。10kmちょい乗るだけですが、ホッとする時。

只今の走行距離61972km

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2013年6月のツーリング その2

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日本ロケット発祥の地の記念碑。

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ここでロケットが打ち上げられたのか。

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由利本荘市栗下付近。

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聖徳太子神社。

どのような縁があるのかわかりませんが、ツーリングに行くといろんな発見があります。

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白瀬南極探検隊資料館。

開館前で見ることは出来ませんでした。1996年GWのツーリングでは立ち寄ったのです。

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道の駅象潟から。

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十六羅漢岩。

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鳥海ブルーラインを走ります。

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残雪がありました。

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鳥海ブルーラインからの眺め。

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言った言わない聞いてない

アベノミクスの効果でしょうか、消費税が8%になっても景気が落ちたという実感があまりありません。

もっとも、増税前に駆け込みも口先だけで、自分にはあまり感じなかったのですが。

この頃はやった事もない仕事や規模が大き過ぎて対応できない仕事が多くなったような気がします。

先日やった仕事の事。今日電話がかかってきて、取り付け位置が逆だとの事。

あれ、おかしいな、打ち合わせ通りやったのだけど。

「言ってる意味、わかる?」

とまで言われてしまいましたが(頭が悪いと言われてるのか?)、電話の後改めて打ち合わせ時のノートを見るとそのように取り付けるとある。

となると、その人はそう言ったのだがこちらには伝わってなかったのか?ジェスチャーを含めて確認したはずだが、お互いにわかってなかったのか?

「後でまた電話する」

となったがその後はかかってこない。今更どうにもならないので、別な方法で対応する事にしたのかもしれない。

そもそも打ち合わせ時に「こんなのやった事無いや」と呟いてしまいました。

「こんなの簡単だよ」

と言われたものの、いざやってみると悪戦苦闘。初めてやるものは何でもそうですが戸惑ってしまいます。口で言うのは簡単だと改めて思いました。

実際にこのテの仕事は、匿名のブログといえども詳しくは書けないのですが、全くやった事が無いのです。

用語を言われてもチンプンカンプン。あまりにもボーッとした口調だったのか「こっちで動く」と仕事が無くなってやれやれとさえ思っていたのです。けど、どういう吹き回しか、仕事がやってきてしまいました。

その後、言った言わない聞いてないでスッタモンダするかと思ってましたが、電話は掛かって来ませんでした。

もう一方は、規模が大き過ぎて対応できなさそうなもの。それにこの手の仕事も経験が少なくちゃんと出来るかどうか…、不安。例えて言うならそうですね、原付バイクしか乗った事がないのにバイクに乗っているのだからといきなりリッターバイクに乗れと言われるようなもの。バイクには変わりなくても全然違うでしょ。対応できないものは引き受けられない。まだ決まったわけではないが、出来ないものは出来ないと言わなきゃ。心を鬼?にして他の業者さんに依頼して下さいと伝えたのだけど、やはり人がいないのだろう、年配の人だったけどなんとかお願いしますよと言われてしまった。

でも人員の少なさは如何ともし難く、おいそれと人は集まらない。集まったところで烏合の衆ではどうにもならない。

やはりお断りするより他はなさそうだ。

自分の頃は社会に出てからやはり経済が右肩下がりで過ごしている。より上の人は右肩上がりで過ごしている期間がある。経験年数は同じでも、質、量ともまるで違う。仕事を通してのそれだから需要が無いと経験が積めない。猿から人間に進化する過程において、猿のまんまで進歩する機会がない。

仕事は挑戦だと思ってる。その一方、いきなり跳躍してしまうと戸惑ってしまう。順を追って“成長”できないものか。

人手不足を実感している。不足しているからとおいそれとは増やせないのが人手。仕事には波がある。ヒマな時はどうするのか。仕事が与えられない苦しさは言葉に出来ない。政府は労働力不足を外国人労働者で補おうという算段だが、何を言わんや。人は石垣、人は城、人は簡単には作れない。養成するのに何年も掛かり、ようやく出来た頃はハイさようなら。ないがしろにして来たツケが今になって回ってきていると実感する。


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路上教習の車

昨日、車を運転していたら目の前に教習所の車。しかも、路上検定中。

あっ、そうだ。車の免許を取ったのはン年前の今頃だった。

教習所は閑散とした時期で、毎日通ってる顔ぶれは決まっていた。

となると自然と親しくなり、アットホームな感じがしたものでした。

第4段階に進んで路上教習となり、路上検定へ。

余計なものに遭遇しませんようにと祈るような思いで検定を受け、合格。

更に学科試験。それも合格。

同じ教習所に通っていた者同士、最後にお茶して「お元気で」と別れた。

今にして思うと、この教習所に通っていた時は楽しかった。

この年の思い出となると教習所に通っていたのを思い出す位しか無くて、その翌年は更にひどかった。年末になってようやく中型自動二輪免許を取るべく教習所に通い始また位か。それ以外となるとあまり思い出せない。この時期の2年間は自分の中で思い出がもっとも少ない。自分史を書くならばパタッと書けなくなってしまうほど。日々過ごしていく中で思い出が無いのは寂しいと考えるが、そう考えるようになったのはこんな2年間を過ごしたからだと思う。
見るもの聞くもの何でも新鮮で、すぐに吸収できる時期を思い出も無く過ごしたのですから。しかも本位ではなかった。

今でも学科試験の番号と路上検定のコースは覚えている。たまに彼の地へ行って時間があると、実際に教習所から検定コースを走ってみたりする。

お茶して「お元気で」と別れてから会ってない。消息もわからない。今でも元気だろうか。

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2013年6月のツーリング その1

2013年6月15日、この時は既にステルビオの購入は決めていましたが、その一方、ST4sをどうするかは決めかねていました。手放すか、そのまま継続するか。

もしかしたら、もしかするとこれがST4sでの最後のツーリングになるかもしれない。そこで、しばらくやっていなかった「東北ツーリング」を決行したのです。

土曜の夕方に出発して新潟まで走る。新潟からフェリーに乗って秋田へ。そして東京に戻る。

GPZ1100に乗っていは時は何回かこの「東北ツーリング」をやっていたのですが、ST4sに乗るようになってからはあまりやってなくて、ここ何年かはごすっかり無沙汰なのでした。

“究極のツーリング”、今の言葉で言えば富士山の弾丸登山にちなんで“弾丸ツーリング”と言われたり…。今年の2月に札幌雪祭りに日帰りで行った事を先日の飲み会で話したら、「そんな事やらない」そうな。でも「そんな事やらない」事をやらないと時間の無い私はどこにも行けない、何も出来ないのです。ステルビオ購入を決めた理由の1つでもあります。

関越道を練馬I.Cから新潟西I.Cまで。途中、花園I.C辺りから雨がポツポツ降り出し群馬ではかなり激しい雨でした。こうなるとライトの光は前方に吸収されて前がよく見えない。メーターしか見えません。頼みの街路灯も節電で照明が落とされていて、当てにできません。どこ走っているのかわからなくなりました。もしかしたら路肩に向かって走っているのか、中央分離帯に向かって走っているのか、白線もよく見えないのでポツンと暗闇の中を彷徨っている感じになりました。こうなると空間が認識できなくて自分の平衡感覚に自信が持てなくなりました。右に傾いているのか、左に傾いているのかわからなくなってしまったのです。
ご存知のように高速道路は直線が意外と少なく、右に左にカーブしています。その度にどうしようもない恐怖感に襲われました。飛行機で言えばバーディゴ、空間識失調というところでしょうか。バーディゴに陥ったらパイロットは計器飛行に専念するそうですが、バイクには“バンク角計”なんてものはありません。感覚が頼りです。その頼みの感覚があやふやでは走っていられないのですが、走らないと前に進みません。路肩にバイクを止めてバイクから降り、実際に歩いて平衡感覚を確認したものでした。節電も結構ですが、一律に節電するのではなくて悪天候時は照明を灯して欲しいものです。幸い、長岡辺りまで来ると雨も小降りとなり、フェリーターミナルに着く頃はやみました。

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新潟西港フェリーターミナル。

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フェリーしらかば車両甲板。

乗船後、すぐに風呂に入ってビール飲んで寝ます。

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翌朝、秋田港で下船。

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“サイドスタンドプレート”破損

一昨日はステルビオもいじくったのですが、なんと
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自作の、まぁ試作品ですが、“サイドスタンドプレート”が破損してしまいました。

去年の8月から装着して、10ヶ月にして寿命が尽きました。

考えるまでもなくチャッチィものですが、なかなか重宝していたのです。

そこで新たに“サイドスタンドプレート”を作りました。

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今度の“サイドスタンドプレート”はサイドスタンドに直に装着するものではなくて、その下に敷くもの。
ベニヤ板を貼り合わせ、15ミリ、30ミリ、39ミリの3種類に使えるようにしました。

実際に使ってみると
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カメラを出来るだけ水平に持ち、写真を撮るとこうです。

傾きが少なくなって、引き起こしが楽です。

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紐で巻き上げて、小物入れにも収納できます。

でも、このやり方ではサイドスタンドを下ろす度にプレートを敷かなければならない。

ちょっと、面倒臭い。

やっぱり、サイドスタンドに取り付けた方が楽だ。

その後、ホームセンターに行って、何かいいのないかなぁっと物色するのでした。

現在の走行距離23284km

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2013GW その22

玉津I.Cから高速道路を走り、東京に向かいました。

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大津S.A

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多賀S.A

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養老S.A

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名神高速、揖斐川の上。

東京から東名、名神と走り、この辺りまで来ると遠くに来たなぁっといつも思います。ここから見える風景は好きです。

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ドカティ名古屋ノース。
高速走行中にST4sのバルブ切れに気が付きました。購入後、10年近く経ってから初めてのバルブ切れです。予備のバルブは持ってないのでバイクショップを検索。インターからあまり遠くないところにあってよかったァ。

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上郷S.A

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浜名湖S.Aから浜名湖。

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GW最終日、高速道路はものすごい渋滞を予想していました。ところが意外な事に渋滞はほとんどなくて、僅かに名古屋辺りで流れが悪くなった程度。それでも80km/hにペースダウンしただけ。東京I.Cまで渋滞もなくスイスイ走れました。意外な事で驚きました。それまでのイメージでは連休最終日は渋滞が当たり前だったのです。それが渋滞はなくてスイスイなのですから。
でもこれは、アレですね。1日余裕を持って帰宅するのが一般的になったと思うんですよ。今年のGWも東北道が通行止めになってしまいましたが、それがなければ渋滞もなく東京まで走れた。社会の変化を感じさせる事でした。

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富士川S.A

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海老名S.A

と、S.Aごとに休憩しながら東京へと向かったのでした。

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5月7日0時30分、帰着

5月3日 東京~大阪南港 688.9km
5月4日 東予~広島 352.8km
5月5日 広島~徳島 388.8km
5月6~7日 徳島~東京 734.2km
総走行距離2164.7km

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プッシュロッド交換

シフトフィーリングが悪くなったST4s。

ニュートラルが出にくくなった。

シフトトラブル?と思う。

が、過去の経験から単純にクラッチ側のプッシュロッドが摩耗してクラッチの切れが悪くなり、シフトフィーリングが悪くなると共にニュートラルが出にくくなったのだろうと、見当を付けた。

これまた過去の経験からプッシュロッド単体では部品が出ない。プッシュロッドが摩耗したのだからマスターシリンダーも交換して下さいというのがメーカーの考えなのかもしれない。そうするに越したことはないけれど、“大人?の事情”というものもあるから…。

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まずはプッシュロッドの長さを測りました。
ハテ?ノギスの見方はどうだったっけ?ホームセンターに行くとノギスは売っているのですが、見方の説明書がありません。それに対して模型メーカーであるタミヤのノギスは説明書付きです。しかしながら滅多に使う事もなく、説明書も今となっては紛失してしまいました。おそらくは25.8ミリと見当つけました。ノーマルの長さは27ミリ(推定)ですから1.2ミリ磨り減った事になります。

※今現在はデジタル表示のノギスが一般的ですね。

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プッシュロッドの太さは5ミリ。

ブログを開設する前に1度交換しているので、また同じ素材からプッシュロッドを作りました。ちなみにこの素材、ホームセンターに行って似たような素材を探して購入したものです。

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レバー側の接点も摩耗しているはず。そこで、

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むしろプッシュロッドを伸ばして28.15ミリで加工し、取り付けました。クラッチレバーの取り付けにはやや難儀しました。

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早速、テスト走行です。しかし、結果は芳しくなく、ミートポイントが遠くなってクラッチが滑り出す前の、まだ滑ってないけれど言葉に出来ないイヤーな感じがしました。案の定、20kmも走るとクラッチが滑り出しました。過去の経験からするとクラッチが滑り出すとあっという間に走行不能になってしまいます。こりゃダメだ。

再びそれまでのプッシュロッドに交換してテスト走行。ミートポイントが近くなったものの、滑り出す気配は無し。ラフなアクセル操作をしても全然大丈夫。

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余計なことは考えないで、プッシュロッドを27ミリにしました。テスト走行の結果、うん大丈夫。ミートポイントも適切。クラッチも滑り出す気配無し。

私のST4sは前のオーナーさんによってクラッチを軽くするためにレリーズシリンダーが交換されてます。その分、この辺の調整はシビアなのかもしれません。僅か1ミリちょっとの差でもエライ違いがあるのには驚きました。
現在の走行距離61961km

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3分の1休

今日は結局、3分の1位しか休めなかった。

特に今日はピアジオミーティングたるものがアサマであって、久しぶりにこのようなイベントに行ってみたかったけどダメだった。

午前中はこれからの仕事の下見。

「私じゃわからないから…」

そんなこと言っちゃダメですよ。

わからねぇから教えてやるという事になって、結果的に呼び出し喰らう羽目になる。

下っ端を呼び出しても憂さ晴らしにしかならない。

結局、自らが動いて必要な物をあらかた見当付けた。

これはどんな些細な仕事でも必要な事で、ついおろそかにしてしまうとてんやわんやとなってしまう。

午後も2時から下見。

この話が出た時は思わず「えっ!?」と息を飲んでしまった。だって日曜の午後からなんて、結局休日が潰れてしまうでしょ。けど、言いだしっぺは自分。対応しなければならない。

今風のやり方でやってもらうように進言。

“うましか”だなぁっと思う。貴重な休日を潰して自分の手取りを減らし、他所の業者のセールスマンみたいな事を言っている。キャッシュバックなんて、もちろん無い。なんとか自分たちの手で出来ないものかと思うけど、それはギャンブル。やってみなければわからないことをおいそれとは引き受けられない。もし不具合が再び発生してしまったら困るのは誰なのだ。と考えて、敢えてそうしてもらうことにした。

という訳で結局のところ3分の1位しか休めなくて、ネタ用の写真を撮って、ST4sの整備をしただけだった。


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慣熟走行

今日は、ではなくて昨日はステルビオを引っ張り出して慣熟走行。

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ちょっと長い距離を走ろうと走り出してすぐに気が付いた。

免許証、忘れた!

こーゆー時に限って何かあるもの。

スピードナントカで××とか…。

やむ得ず、距離を短縮。

ステルビオのエンジン、不思議なエンジン。その日によって印象がまるで違う。

無味乾燥に感じる時があれば、ヤンチャに感じる時もある。

自分自身の調子に左右されるのかもしれない。

昨日はヤンチャに感じた。

落ち着いたバイクをとクワトロバルボーレエンジン搭載車を選択してしまうと裏切られる、と思う。

只今の走行距離23273km。

この慣熟走行、ただ走るだけではなくて取り回しの練習も兼ねている。

不器用だからST4sと交互に乗らないと、どちらも慣れていかない。

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液晶は相変わらずです。

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2013GW その21

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カワサキ車の故郷、川崎重工明石工場です。最後に訪れたのは2003年のGWですから10年ぶりでした。

まさかST4sのバックにするわけにもいきません。かつて乗っていたGPZ900R、GPZ1100はここ明石工場で生産されたのでした。両車とも今では手放してしまいましたが、GPZ900Rのインナーカウル、GPZ1100のカウリングの1部は未だに手元に置いています。今こうして書いていると900Rのエンジンフィーリング(2500回転前後のフィーリングが好きでした、どこまでも走りたくなったものです)、1100のエンジンフィーリング(低回転でもスムーズで粘り強かった、ツーリングでは重宝していました)が蘇ってきます。

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地名も。

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川崎重工明石工場。1998年11月7日、この日は川崎重工明石工場の工場見学の日でした。応募したら当選して、前日の6日に出発し、大阪・道頓堀(大阪空襲に遭うまで祖父母が住んでいた)に1泊して明石工場へと向かったのでした。

カワサキライディングスクールの駐車場に案内されてGPZを止め、工場内へ。見学者が揃ったところでまずはビデオ上映で明石工場、アメリカの工場の説明を受けました。ついでに明石海峡大橋も川崎重工製だそうです。
そしていざ、工場見学。ZXR250のバルブの小ささに可愛く思ったり、少量生産モデルは工員の研修というか、2人で対になって組立の習熟も兼ねているとか、工場内を往来する築地市場で見るような車両は“ミズスマシ”といっていたような。阪神大震災の教訓でパーツは1日分はストックしているとか。普段ではまず見ることが出来ない工場見学。ワクワクしながら見ていたものでした。当時は生産機種も多かったから、今にしてみれば尚更でしたね。

工場内の撮影はできませんでしたが、カワサキミュージアムは撮影可能でした。
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KZ1000P

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750TURBO

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ZXR750。鈴鹿耐久8時間レース仕様?

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H2-Rだと思います。

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AV50

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カワサキミュージアムにて。

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カワサキミュージアムにて。

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カワサキ弁当の表紙。

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カワサキバイクマガジン1999年1月号の記事。
あの顔、この声、何だか懐かしい。

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遠来賞なんか貰っちゃって、雑誌に掲載。ちなみにこの時着ていたジャケット、リアシートに括りつけているバッグ、未だに現役で使用しています。

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その日、たまたま同じ宿に泊まった工場見学者と翌日は舞子公園へ行きました。

いろんなメーカー、いろんなエンジン型式のバイクに乗ってみたいので、今ではカワサキには乗ってません(←裏切り者)。ですが、GPZ900R、GPZ1100は忘れることはありません。


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2013GW その20

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高速道路を一端“途中下車”して明石海峡大橋のふもと、舞子公園へと行きました。
これは公園内にある孫文記念館です。

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移情閣。

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金唐紙。

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旧武藤家。古い建物が移築されていました。初めて来た1988年当時はあったのか?

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応接室。

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広間。

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貴賓室。

旧武藤家ではボランティアガイドさんによる説明を聞いていました。詳しいガイドさんでした。

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舞子公園へと来たのは舞子タワーに行って見たかったからです。そこから見える明石海峡大橋をもう1度見たかったのです。ところが、無いのですよ、それが。ボランティアガイドさんによるとかなり前に取り壊されたとの事でした。ここに舞子タワーがありましたよという記念碑だけがありました。僅か10年で取り壊しだなんて、早過ぎない?

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1998年11月7日、土曜日。在りし日の舞子タワー。

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舞子タワーから明石海峡大橋。

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ホテル舞子ヴィラでは結婚式が行われていました。この日の天気予報は雨だったのですが、嬉しいことに予報は大はずれ。2人の門出に最高の日でした。

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明石海峡大橋をバックに。
 
う~ん、懐かしい。懐かしいとは思いたくないけど、懐かしい。

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2013GW その19

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小鳴門橋。

実はこのツーリング中、ずーっと携帯をタンクバッグの見えるところに置いてました。というのも徳島発のフェリーをキャンセル待ちしていたからです。高速の渋滞を横目にビールを飲みながら優雅な船旅を目論んでいたのです。この徳島発のフェリーは東京に着くのが翌日の5時半位なので、有明から首都高を走ればギリギリ間に合うのです。しかし、ついに空き情報が入る事はありませんでした。

かくなる上は…。
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神戸淡路鳴門自動車道鳴門北I.C。

東京まで自走で帰ることにしました。

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淡路島南P.Aから鳴門海峡大橋。

初めて鳴門海峡大橋を走った1998年の11月。瀬戸大橋を走って四国沿岸を通って徳島で1泊。そして鳴門海峡大橋を走るべく往復したのでした。ところが、その復路での事。タンクバックに入れていた通行券をあろうことにも吹き飛ばしてしまったのです。さぁ、大変。料金所でカクカクシカシカと説明して往路の領収書を見せて、時間的にも要するに往復したとしか考えられないという事で淡路島南I.Cから鳴門北I.C(もしかしたら鳴門I.Cかもしれない、正確な記録は見てないので)の料金で済みました。そんな思い出がある鳴門海峡大橋です。

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淡路島S.Aから明石海峡大橋。

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明石海峡大橋です。この写真を撮った直後、あれっ?というものに気が付きました。

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なんとイノシシの子、ウリコガいたのです!

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ズームで撮ってみると、しっかりと2匹いました。

普通なら親イノシシと一緒のはずなのに、どうしてこんなところへ迷い込んだのか?

なんとかしなくっちゃ。

今にして思えば、この考えがいけなかった。

ウリコといえども野生動物。ペットではありません。つい無意識にその感覚に支配されてました。近付いてくるのを待って保護しようとしたら逃げ出した。その足の速さにビックリ。時速100km前後で往来する自動車の合間をぬって明石海峡大橋を縦断。目を背けたくなる光景でしたが無事に渡りきったと安堵した瞬間、イノシシだけに急には止まれなかったのか、ポーンと飛び上がったのも束の間、姿が見えなくなりました。一方、もう1匹の方は姿が全く見えません。どこに行ったのか?

ほっとけばよかった。野生動物だという事を全く頭にありませんでした。この後、暗澹した気持ちで明石海峡大橋を渡ったのでした。


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通せんぼ

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今朝、通り抜けようとしたらクモが通せんぼ。

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2013GW その18

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呉から国道185号線、国道375号線を走って山陽道高屋I.Cへ。

国道185号線から国道375号線を走り始めると後ろには風光明媚な瀬戸内海が。そんな瀬戸内海と別れるのは後ろ髪引かれる思いでした。ミラーをチラチラと見ながら走ったのでした。
また国道375号線を走行中に写真は1枚も取らなかったのですが、中国地方の内陸部を初めて走ったのがこの時なのでした。

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高屋I.Cから2時間にして瀬戸大橋へ。もう既に周囲は暗くて何も見えませんでした。が、1998年11月以来、実に15年振りに走る瀬戸大橋。もちろんST4sでは初めての瀬戸大橋。まさに感無量でした。

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瀬戸中央自動車道与島P.Aから瀬戸大橋。

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瀬戸大橋から更に走って徳島へ。プラプラ歩いていた時に見かけた看板。

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2013GW その17

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戦艦長門の軍艦旗。

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回天十型試作型。

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回天。人間魚雷回天。特攻兵器です。特攻というと飛行機に爆弾を積んで片道燃料で出撃するというのが一般に知られるところですが、潜水艦から発進するというものもあったのです。もちろん発進したあとは帰艦するなど出来る事ではありませんでした。
今日的な視点からすれば無茶無謀といったところですが、当時はそこまで追い詰められていた証だと思うのです。戦争はいけないことだと教育され、もちろんその通りなのですがそれが強過ぎるのか知ることさえいけないような感じさえします。当時の事を余りにも知らな過ぎると痛感するのです。

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零式艦上戦闘機六二型。

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機体後方から。

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栄三一甲型エンジン。

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野外に展示されている戦艦陸奥の主錨。

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戦艦陸奥の41センチ砲。

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戦艦陸奥のスクリュー。

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海上自衛隊呉資料館に展示されている潜水艦あきしお。

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潜水艦の食事。

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潜水艦のベッド。狭い!

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2013GW その16

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呉港です。潜水艦や護衛艦が投錨していて海上自衛隊の基地になっていて、かつての軍港の名残がありました。

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こちらは補給艦でしょうか。

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これは今は使われてないけど、当時のクレーンだと思います。名残を感じさせるものでした。

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呉港前の貿易倉庫です。これもまた遺産ですね。

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呉港からちょっと走ると造船ドッグがありまして、なんと「大和のふるさと」の文字がありました。ここで戦艦大和が建造されたのでしょう。

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大和ミュージアム。

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10分の1の戦艦大和。

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10分の1といえどもデカイ。

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艦尾から。

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大和に搭載されていた零式観測機。

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2013GW その15

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早瀬大橋。

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第二音戸大橋から。

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なんと船員さんが手を振っていたのです。

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音戸大橋。

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渡し舟。

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平清盛塚。

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2013GW その14

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旧海軍兵学校生徒館。

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生徒館のシンボルマーク。

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生徒館の中をチョッピリだけ見学。

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教育参考館。

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これは表参道と言ってなっけなぁ。

海から上陸して、海へと帰還する。海上自衛隊らしい。

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戦艦陸奥の砲塔。

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戦艦大和主砲砲弾。

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特殊潜航艇「甲標的」。

昭和16年12月8日、太平洋戦争開戦の日です。この日、機動部隊から発艦した飛行機がハワイを空襲したことは有名です。と同時に潜水艦からこの「甲標的」が発進したことはあまり知られてません。

当時の飛行機には今のようにGPSなどありません。2人乗り以上の飛行機では航法専門の搭乗員がいて、何の目標も無い海上を風向、風速を計りながら目的地まで飛び、基地へと帰還していました。それでも正確な航法は難しく、位置がわからなくなって未帰還になることも少なくありませんでした。

ところがこの「甲標的」は飛行機以上に帰還能力が乏しいのは素人目にも明らかです。開戦の日になぜこのようなほとんど帰還し得ない特殊潜航艇が出撃したのか大いに疑問です。事実、出撃した5隻とも未帰還となり、1人を除いて全員戦死してしまいました。

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特殊潜航艇「海竜」。

本土決戦に備えて230隻建造され、まだ多数が建造中に終戦になり、1度も使われてないという説明文でした。

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慣熟走行

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屋内保管なのに、なぜがメーターが曇っているST4s。

今日はST4sを引っ張り出して慣熟走行。

ステルビオと交互に乗ることにしている。

ステルビオばかり乗っていると、どうしてもST4sのポジション、取り回しに違和感を感じてしまう。

前傾はきつい、膝の曲がりはタイト、コンパクト過ぎて取り回しにくい。

そうならないためには交互に乗ること。これが大事。

それにしても不器用だなぁっと思う。

しばらく乗らなかったといっても、10年以上も乗っているのだから体で覚えていそうなものを。

カーシェアリングというものがありますね。必要な時にだけ車に乗るっていうやつ。

あれはどうなんかな。普段車を運転しない人が必要だからとポンと運転出来るのか。

免許があっても、普段から乗ってないと運転できなくなる、特にバイクは。

普段から乗れる状態を維持する。だからちょっとだけでも乗るようにしているのです。

現在の走行距離61927km

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2013GW その13

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がんね海水浴場。砂浜がすごく綺麗です。

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砂がサラサラ。

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大原漁港。

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海上自衛隊第1術科学校へ行きました。

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見学に当たっての注意事項。

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自衛隊OBの方による事前の説明。ブリーフィングという感じです。

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大講堂。

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内部も見学できました。

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卒業式などが行われるそうです。

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天井が高いですね。でも、マイクを使わなくてもしっかりと声が響くという説明でした。

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2013GW その12

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広島電鉄宇品駅。

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宇品港。ここからフェリーに乗りました。

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上村汽船第五きりくし車両甲板。

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宇品港を出港します。

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向こうに見えるのは峠島(と思います)。しばし、島を見ながら瀬戸内海クルーズを楽しみました。

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江田島・切串港に入港です。

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上村汽船第五きりくし。

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江田島をツーリングします。江田島湾。牡蠣の養殖かな。

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県道36号線、ヒューマンビーチ長瀬から。

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美能漁港。

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2013GW その11

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翌5日、平和記念公園を歩きました。フラワーフェスティバルが催されていました。

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ステージプログラムもあったのですが、まだ朝も早かったので何も行われてませんでした。

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国立原爆死没者追憶平和記念館。高校の修学旅行で行った事があるのですが、まだ朝が早かったので開館してませんでした。

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平和記念公園から原爆ドーム。

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原爆ドーム。

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ドームの屋根。投下される前はどんな形だったのか。

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ドームの外壁。

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ドームの内部。

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ドームを見上げます。

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相生橋から。

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横浜を歩く その9

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水族館の後は中華街をプラプラ歩き来ました。どこに入ろうかなぁ?

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ここにしようっと。ご飯を食べました。

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そして、中華街を後にしました。

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山下公園から氷川丸。

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この土日、横浜ではイベントがあったんですね。このようなものにも行ってみたいのだけど、その為の時間がなかなか取れないのが悩みなのです。時間って財産。

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帰り道、信号待ちで神奈川県庁。横浜、味のある建物が多いです。今回はちょっぴりだけ“奥横浜”を覗いた感じです。

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横浜を歩く その8

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アナゴタウン水槽。

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横浜中華街「竜宮」。

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ハナノミカサゴ。デンジャランスな生き物にはこのような展示も。

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メダカの学校。

全ての水槽がこのような面白展示ではありません。普通に展示している水槽もありました。

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シーアップル。

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オニダルマオコゼ。

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カクレクマノミ。

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イヌザメの卵。

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アオウミガメ。

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展示している水槽はなんと151個。

こんなにあるのかとビックリです。

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オオグソクムシノキャラクターグッズ。多分、ここだけしか売ってないだろうなぁ。

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横浜を歩く その7

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カレイだからカレー。カレイとヒラメの水槽です。どれがカレイでヒラメなのか、わからないなぁ。

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たこ焼きのタコ。

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ナマコ水槽。

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ナマコ水槽の説明。そうか、ナマコのそれだったのか。沖縄に行くとビーチが綺麗で、砂を手にとってサラサラします。それはナマコのそれだったのね。ナマコが多いと砂浜が綺麗だと聞いたことがありますが、理由がわかりました。

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お寿司屋さん。

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コクテンフグのフグ男。

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おさかな合コンパーティー会場。

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オオグソクムシ。ダンゴムシやフナムシの仲間だそうです。

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お顔をアップ。ちょっとニヒル?

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ダイオウ大グソクムシ。深海にいる生物の展示もありました。

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横浜を歩く その6

お次は中華街へと向かいます。

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標識に注目。こうも堂々と無神経にデ~ンと「進入禁止」の標識があると、中華街がミステリアスゾーンみたいな感じです。入ってはいけないっていう意味?

では入ってみましょう。

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関帝廟。

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ネコちゃんグッズのお店を発見。この日はニャンともネコに縁がありました。

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電信柱にご注目。龍というかゴジラというか、そのように思えました。

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女偏に馬と書いてなんと読むんでしょうねぇ。「女馬」(これで1字)祖廟。

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タピオカミルクティを飲みながらブラブラ。結構、食いでがありました。

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中華街の中にあるヨコハマおもしろ水族館にへと行ったのです。水族館、好きです。

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横浜を歩く その5

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代官坂近くの路地。

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代官坂。

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ボディの色褪せ具合といい、錆具合といい、いい味出しているVW・カルマンギア。風景に溶け込んでます。

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フェリス女学院の前を歩いていたら「金星太陽面経過観測地点」がありました。歩きならでは。

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説明はこの写真にかえて。安直ブログ一直線!

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横浜は坂が多くて意外でした。

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宅配便のそれ。坂道に適したようになっています。

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ニャンコちゃんはのんびり。

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西の橋から。

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おっと、ここにも路地裏があります。

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やっぱり路地裏にはニャンコちゃんが似合います。

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ホッとする時

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バイクに乗っている時がホッとする時。

電話が来ても、気付かないし。

1回あたりの走行距離が10kmでも、慣熟走行継続中。
只今の走行距離23260km

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横浜を歩く その4

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元町公園で~す。

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水の公園と思いきや。

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四つ足動物発見!

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お顔をアップ!

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ゴロゴロニャ~

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こちらもゴロゴロ。

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迫力のお顔。

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かくれんぼ。

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山手の湧水。

時間の流れがゆっくりと流れていて、人間よりもネコが多いというニャンダフルな公園でした。


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横浜を歩く その3

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岩崎博物館。通り過ぎただけ。

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外国人墓地。

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アメリカ山公園。

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ジェラールの水屋敷跡。

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横浜を歩く その2

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展望広場から先に進むと広場があってその向こうに何やら建物がありました。

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何だろう?っと行ってみると、大佛次郎記念館。

大佛次郎?浅学の身、もちろん知る由もありません。こんな時、行ってみるのが自分流。時に16時30分。大抵だったら時間オーバーで入れないのですが、ここは違った!開館時間が17時30分迄で、最終入場が17時なのでした。

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作家のようです。

進んでいく内に、もしかしたらこの人、ネコが好き?と思えて来ました。

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この写真を見たら決定的。

一気に親近感が沸いちゃいます。

それでもネコが多くて飼うのは15匹までと決めていたらしい。ところが数えてみると16匹いる。そこで奥さんに「1匹多いぞ」と言うと、「それはお客様です、ご飯食べたら帰る事になっています」と切り返されたそうな。奥さんもネコが好きなようでした。

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大佛次郎氏が愛用したネコちゃんグッズ。

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書斎を展示してありましたが、ここにもネコちゃんグッズが展示してありました。

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つぶらな瞳にメロメロ。

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たまには「文学」しなくっちゃなぁっと買ったのがこの本。ニャにか?今現在、まだ読んでませんが。

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横浜を歩く その1


5月30日の事です。クレーム対応で行った先が横浜でした。

何ともバツの悪い思いでしたが、まぁまぁまでこぎ着けた(と思う)。

終了後、最短距離、最短時間で帰らなければならないのですが、今から戻っても何出来るわけでもないし、どこ行けるわけでもない。人間もそんなに真面目ではない。そこで、せっかく横浜まで来たのだからと少し?ブラブラする事にしたのです。

誰にも教えない「裏サイト」だからこそ書けるのですが。

車をコインパーキングに置いて、向かった先が、
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「海の見える丘公園」。

正直に書きます。私、「海の見える丘公園」に行くのは初めてなのでした。本当はズーっと遥か昔に行ってなければならないのに。

高校時代に目の前まで来た事があるのです、ハスラー50に乗って。あれから幾年月、ようやく雪辱?を果たしたのでした。

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木の階段を上がっていくと、昔のフランス領事館跡がありました。「フランス山」とも言われてたようです。

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内部の様子。

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この写真を持って説明の代わりにします。あぁ、なんて安直なブログ。

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フランス山の風車。井戸から水を汲み上げるために設置されたようです。ただ、当時の写真などの記録が無いのでこのようなものではなかろうかと、という事でした。

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レンガ造りの井戸遺構。

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風車の土台のようです。

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展望広場。

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展望広場から。この風景が見たかった。ハスラーに乗っていた頃に見てればどんな風景だったのだろうと思、思、思、思わないことにした。当時はもっとスッキリしていたのだろうと、おいっ、思ってるじゃんか。

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展望広場から氷川丸。

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展望広場から日本丸とロイヤルウィング。

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小さいからこそ

昨日、友達一家が東京にやって来た。

そこで気になる事を聞いてみた。

「いつ沖縄に連れてってあげるの?」

「そのうち」が答えだった。

その後の飲み会の時、子供が小さい時に連れて行くべきだと発言してみた。

オレだったらなぁ、首に縄付けてヤローども連いて来いと引きずり回すのになぁ。

ところが意外な事に反応は冷淡とはまた意味が違うものだった。

子供時代の記憶は断片的なものでしかないから、それに費用も独身者が行くよりも何倍もかかる。
だからそんなに連れてっても…。

確かに記憶は断片的でしかない。何から何まで覚えていない。でも、それでもいいと思うんだよなぁ。あっちこっち連れて行って、いっぱい思い出を作る。何年経っても話題になるから。もちろん、決して費用も安くはない。むしろ、高い。でもそれは決して“死んだ金”ではないはず。5年後、10年後に生きてくるお金だと思う。

アルバムを開けばあの時の思い出が蘇ってくるはず。となれば決して高いとは言えない。

子供が小学校を卒業するまでにあっちこっち連れて行って、いろんな物を見せるのも親の務めだと思う。

今、40代でニートとか話題になるけど、子供時代にそのような経験に乏しいまま成長してしまったのも原因ではないかと思うのです。

それに小学校時代に体験した事は将来を決めなければならない時にとても役に立つと思うのです。飛行機に乗った事があればパイロットになりたいと思ったり、バイクに乗せてもらった事があればエンジニアになりたいと思ったりするんじゃないかと。

お年頃になったり中学生位になると口も利いてくれなくなったりするのも珍しくない。たとえ話しても「別に…」だけだったり。誰でも経験があると思いますが。

まぁ、それは成長の一過程だから誰もが通る道。むしろ自立への第一歩。

子供が小さい時に連れて行く。あっちこっち連れ回していろんなものを見せてあげる。早く連れてけ~っと声無き声で叫ぶのでした。

門外不出の写真をあれだけ見せてあげたのに、むしろ行った気になっちゃった?

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笑うことを忘れてました

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緑が眩しい上野・不忍池。

昨日は都内であるイベント。

たくさんのアーティストがやってくる。

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毎年7月か8月の暑い時期にやっているのだけど、今年は昨日だった。

友達一家も東京にやって来て、久しぶりにUTKちゃん、MMRちゃんに会う。

2人とも大きくなった。この子達の成長を楽しみにしている。いっぱい遊んであげたいけど、その時間がほとんど取れないのが悩み。また、遊びのレパートリーも少なくなってしまった。これが成長っていうやつですか。

「仕事、忙しい?」

と聞かれたが、「ん、まぁ」。呼び出し喰らったよ~っと喉元まで出かかったが、グッと飲み込んだ。

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友達一家とその友達とその友達とで見ていた。

とにかく笑うこと、笑うこと。

それにしてもよく笑うなぁ、この人の魅力はこれだなと思ったところでハッと気が付いた。

この1週間、いや10日間、ほとんど笑ってない。

呼び出し喰らってからは顔面蒼白(ちっちぇなーっと思っても、自分であって自分でない自分、迂闊な対応は出来ません)で、クレームが発生してしまった事も何ともバツが悪かった。

笑うことをスッカリと忘れてました。

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せっかくのこの機会、楽しまなきゃ損だ。

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トリのまーちゃんバンド。

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ラストはカチャーシー。リズム感が無くて、例え“ワイパー”になろうともステージ前で踊っていたのでした。

その後、女性2人(!)と飲みに行って解散となりました。

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部品入荷

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一昨日の金曜日にバイク屋さんから連絡があって、頼んでいた部品が入荷した。

「少々時間がかかります」

と言っていたけど、想像よりも早かった。

いつ、頼んだっけ?確か5月29日。

いつもST4sを整備に出しているお店はドカティの販売は既にやめてしまっている。ディーラーリストにも載ってない。だから部品はワンクッション置いて入荷する。

ST専用の部品ではないだろうけど、意外と早く入荷したので驚いた。タイミングもあるかもしれないけど。

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“敵地”に突入

今日はいよいよ“敵地”に突入。

朝から出るのたため息ばかり。

問題を起こした当の本人をチラッと見る。

文句を言ってみる。

何にも意に介さない様子。

それどころかトンチンカンな事言って、「はぁ?」。

今日はオレが何しに行くのかわかっているのか?

そんな事には興味無いよ。

それでもって別件で難しい電話が…。

「8掛けだよ。こんなにするの?」

それだけでは無理で、周辺部材も必要なのですけど、わかってんのかな。

バイク屋さんも部品だけの販売でも仕入れ値で売る訳ないし…。

ま、この件は先ほど詳細な見積もりを書いて一晩寝かしてあすの朝送る事にした。

そんなこんなで午前中は結構慌ただし買った。

お昼ご飯を食べた後、昼寝。話し合いに眠気は禁物。でも、やはり眠れなかった。

1時半頃に出発した。仕事車ではなくてセリカで行く。

雨に打たれたボンネットは眩しく輝き、否応なく気分が明るくなる。

セリカはこんな使い方もあったのだな、15年近く乗ってきて初めて気が付いた。

「そういうのは気分が変わってくる」

腰痛治療で接骨院に通っていた時にセリカを見た先生が言った言葉を思い出した。

セリカにはCDデッキがあるからcoi-naの「汗水節」を繰り返し聴く。

沖縄の歌で労働の喜びや尊さを歌った歌。出来たのは割と古くて、沖縄の戦後復興の精神的支柱になったとなにかの本で読んだ。

さて、いよいよ“敵地”に到着。

時間調整して定刻の5分前に“敵地”に入った。

話し合いはやはり耳の痛い事ばかりで、ここ1年間の言動や年齢的な事、苦情の数々。特に信用を失うような言動に返す言葉もない。「針の筵」とはよくぞ言ったものだ。

“1→2→3”とやるべき事をいきなり“1→3”に持って行って“2”を飛ばしてしまう。飛ばされた“2”は面目が潰れてしまうわけで“3”に対して信用を失いかねない。

そこでこれからをどうするかとなったわけだが、幸いにも「これからもお付き合いしていきたい」とのお言葉を頂いた。このような言葉を頂けるのなら自分が担当になってこれからも続けることになった。

これがもし、後ろめたい気持ちを持たされるようだったら仕事を続けても面白くない。面白くないものに熱意は持てないわけで、好き嫌いを言える立場ではないけれど辞めようと思っていた。いざとなればセリカもステルビオもST4sも売り払えばよい。

これからは担当が増えて、バイクに乗れる時間が取れるか…?

でもやはり時間を取って乗っていきたい。あっちこっち行っていろんな風景を見て、いろんな事を知る。セリカもステルビオもST4sもそのための手段。伸びていく人間は“前輪”と“後輪”のバランスがいい人間だと思うから。ここで頭打ちなんて悔しいじゃん。

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いよいよ

いつまでも“逃げてる”わけにもいかないので、スマホを取り出して電話するも、一端は切る。その後改めて再び電話。

明日の3時に行くことになった。

明日はいよいよ“敵地”に突入。

明日、敵艦隊二突入シマス
(鹿屋航空資料館で実際に見た)

と遺書を書いて出撃していった特攻隊員の心境や如何に。

好き嫌いを選べなくて、その時代に生まれた者の定めとして受容として飛び立った多くの若者。最年少は16歳10ヶ月(鹿屋航空資料館か知覧特攻平和会館で写真パネルがあった)。

それには遥かに及ばなくても心境がわかるような気がする。

上の連中が始めた戦争に何で俺たちが死ななければならないのか。

ものすごい矛盾を感じたのではなかろうか。

余計な事をベラベラ話して不興を買い、その結果、呼び出し喰らうオレ。

その場に居た訳でもないのに、呼び出すなら本人を呼べ。すごい矛盾を感じる。

でも、覚悟は決まった。場合によっては…。

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連絡せず

呼び出しを喰らってる身。

2時半になったら電話しよう、3時半になったら、4時半に…。

としている内に、とうとう連絡終い。

何でオレが?本人呼べばいいじゃない、とどうしても頭にもたげてくる。

何かを仕出かしてその上司が呼ばれる、子供が何かを仕出かしてその親が呼ばれる、のならわかる。

でも、その逆ってアリ???

と思いがこみ上げてきて連絡しなかった。

そもそもその社長は見た事はあっても話した事は無いのだ。

その初めての接点がそれですか。

今年になってからの業績を見てみた。

話によっては手を引くことも決断しなければならない。

後ろめたい気分を持たされたら、その内問題を起こす。

P1290125
財布に入っていたおみくじ。確か、明治神宮で引いいたものではないかと。
読んでみるといくらか心が休まった。

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梅雨入り前の慣熟走行 その2

お次はステルビオの慣熟走行。

今日はETCカードを装着する。

先日は走行後、アースに接点回復剤をシューっしてからクィッっとやっておいた。

その為かはわからないけど今日はETCは安定して作動する。液晶は相変わらず。

まだ連絡来ないかなぁ。

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慣熟走行中のステルビオ。走行距離23250km

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梅雨入り前の慣熟走行 その1

仕事が終わった後、ST4sを引っ張り出した。

多分、東京では明日から梅雨入り。

その前に走っておこう。

う~ん、ミッションがちょっと渋いなぁ。ニュートラルが入りにくい。

でも、慌てない、10年以上も乗っているから。

クラッチ側のプッシュロッドが摩耗して短くなってしまったのだろう。

レバー側の接点も摩耗しているはず。

これじゃ、クラッチの切れも悪くなる。

そろそろパーツを作りますかぁ。

ついで、股も熱い。これからの季節は尚更。

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慣熟走行中のST4s。現在の走行距離61915km

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こんな事を考えていました

呼び出し喰らってもぐっすり眠れるわけがなく、昨夜はほとんど眠れず、食欲もない。

どんな話をされるのか、頭の中で検証してシュミレーション。

このまま続けるのか、手を引くかの選択を迫られるはず。

このまま続けても厳しい条件を飲まされたり、ペナルティを課せられたりしないだろうか。

後ろめたい気持ちを持ち続けたりしないだろうか。

信用は1度失うと終わり。信用を失った状態で続けても面白いか?

言われた事だけをやりましたと、教条的な仕事になりはしないか。

言われた事(指示された事)+αをモットーとしている。もちろん、場合によってはその限りではなくて、これでいいやと簡単に妥協することもある。

「+α」とは次に継るんじゃないかという下心と感謝の気持ち。

そんな意識が持てるだろうか?

仕事とは?人生とは?「忙しい」を連発するだけの人生でよいのか?

バイクが好きだからバイクに例えると仕事は後輪、プライベート、平たく言えば遊びは前輪。前輪と後輪のバランスが取れてこそまともに走る。どちらかが大き過ぎたり小さ過ぎたりしたらバイクはまともに走らない。

「そうですか。わかりました。やめさせて頂きます」なんて言ったら気持ちいいかも。

いやいや、自分であって自分でない。好き嫌いは言えない。腰が痛い、膝が痛い、遊びに行きたいは無視。

住宅ローンを組みました、子供が3人います、やめてしまってそんなのを養っていけるのか?

かといって今でも手一杯なのに、ここも担当できるか?

だけど朝になってやることが無いのも辛い。

月月火水木金金と仕事しても自分の為にはならない。腰が更に痛くなるだけ。

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呼び出し喰らいました

読まれて不快になられると大変申し訳ないのですが、今、憂鬱です。

今日は「事務所に来てもらいたい」と電話があって、とうとう来たかとピィ~ンと来ました。が敢えて、

「具体的にどんなことですか?」と聞いてみると、

「今後の事で話し合いたい」と。

向こうが話すには年齢的な事や営業を阻害する事を言うとか、しかも苦情が来たとまで。

この仕事は自分はほとんどタッチしてない。もっと偉い人が担当。

だけど偉いだけに天狗にというか、裸の王様というか、とにかくそういう傾向が強い。

いつかこんな日が来るとは思っていたが、とうとう来た。

本人を呼び出して「これでは困る。改善して欲しい。改善が認められない場合は…」と言えば良さそうなものを。

何でオレが呼び出されなければならないのか訝しく思うものの、立場上、好き嫌いは言えない。

おそらく向こうさんはこの“偉い人”に見切りを付けたのだろう。余計な事をべらべら言うわ、相手の身になって立場を考えないわ、その他いろいろで忍耐も限度に達したのかもしれない。

おそらくは今後も仕事を継続するのなら“偉い人”を除外する事、そうでなければ仕事を出す事は出来ないというような事を言われるはず。

景気が上向いてきたからといって仕事を得るのは容易ではない。だけど場合によっては、もういいかなと。

仕事の付き合いというのはある意味残酷で、必要以上に親しくなれない。いとも簡単にバッサリと切られる。年数がある程度経つと潮時を迎える。10年位でいろいろと…。移り変わりもある。

好き嫌いを言える立場ではないので苦しい思い。自分だけの事を考えれば良いのなら、どんなに楽な事だろう。


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不調は続く

昨日はステルビオを引っ張り出して慣熟走行。

休日なのに、夜になってしまった。

液晶は相変わらずで、速度がわからない。

しかも、安定して作動するようになったと思えたETCも作動が不安定だった。

ETCランプを見て、タイミングを見計らってETCレーンに侵入しなければならなかった。

消えるなよ、消えるなよと念じながらETCレーンに侵入。

ゲート直前、ランプが消灯。

一般レーンに車線変更。

参ったな、こりゃ。

前のオーナーさんもこうだったのかも、とフト思う。

整備記録を見る限り、購入後1000km余りで売却を決意したのも何だか不自然。

速度がわからなくても6速であればおおよその見当は付く。

6速3500回転、推定100km/hで走る。

にしても、スピード感が無いなぁ。

ST4sであれば100km/hに達しなくても速いと思わせるものがあるが、ステルビオにはまるで無い。

この差は何なんだろう?


昨日購入したバイク雑誌に珍しくモトグッチの記事があった。

やや辛口のコラムなのだが、その中にステルビオの記述がホンのちょっぴりだけあった。「乗ると決して悪くない」そうだ。でも肝心の試乗記は?何年の何月号に?雑誌の仕事として乗ったのか、そうであっても担当ではなかったのか、個人的に乗っただけなのかはわからない。そもそもステルビオの試乗記なんてあるのかなぁ。個人のブログ、HPは見つけられなかったし、バイクブロス、goobikeの試乗記、何言ってるのかわからなかったけど海外の動画を去年の今頃は見てたっけ。

さて、2013年のモトグッチの販売台数は世界で6800台程らしい。その内、日本では何台だろうか?雑誌では今現在、日本で売られているのはV7系、カリフォルニア、グリーゾとなっていたが、ペラペラになってしまった2014年カタログではグリーゾは無くて1200SORT ABSが載っている。GWのツーリングで、ついに1台も見かけなかったモトグッチ。間違って記載しても大したことは無かろうとも、正確に記載して欲しい。

P1290122
慣熟走行中の1コマ。現在の走行距離23239km

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