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見に行ってみる その3

今回、不覚にも切符を切られてしまいました。

なぜ踏切に気付かなかったと思うと、とても悔しい。

考えようによってはこれだけで済んだのですからよかったかもしれません。が、やはり悔しい。

そこで気が付いた事を書いてみます。

日頃、車を運転していても踏切を渡る事は少なくなった事に気が付きました。高架線化が進んで踏切が少なくなった、踏切を避けるルートを選んでいる。踏切は混むので自然と避けるようになっていたのです。

更に踏切があっても踏切そのものを視認して、標識を視認する事はほとんど無い。しかも踏切は道路に対して直角に交わっているのがほとんどで、今回のように「ナ」の字になっている踏切はほとんど経験がありません。

免許を取ってン年、バイクと車を合わせて50万km以上は運転しているはず。知らず知らず交通標識の解釈が自己流になっている。調べてみると「汽車ポッポ」の標識は「踏切あり」という意味である事を改めて知りました。「蒸気機関車注意」では無かったのです。それでも敢えて書けば電車のマークであればこの先に電車が通るとイメージ出来るのですが、「汽車ポッポ」では?標識は連想ゲームではありません。

補助標識をほとんど読んでない。でも、これは運転中に読めるでしょうか。読もうとすると意識がそっちに行ってしまい、かえって危険では?交通標識は一目見てわかるものでなければならないと思います。補助標識の存在なんてナンセンスだと思うのです。本標識の不備を補うものであるならば、本標識そのものを変えるべきでは?交通安全の標語が幾つかあります。歩道橋なんかに垂れ幕で書いてあったりします。例えば、「お土産は無事故でいいのお父さん」。なかなかの秀作でよく引用させてもらってます。北海道に行っても沖縄に行っても「お土産は無事故で…」。それは置いといて、こんなもの運転中に読んではかえって危ない。パッと見てわかる、そうでなければなりません。

乱立する電柱や派手な看板、これでもかとテカテカと存在を示す工事現場。これらに見慣れてしまった今となっては、標識や踏切の存在は相対的に地味になってしまった。特に夜間は相当な注意を払わなければ見落としてしまいがち。パトカーを見ればわかるかと思います。昔と今とでは派手さがまるで違います。踏切はもっと派手に、ケバケバしいネオンを灯してトントンではないでしょうか。

とはいっても…、こんな所に書いてもナントカの遠吠え。うっぷん晴らしにしか過ぎません。劇的に変わる事なんてまず無いし。未だにあんな古い標識が使われているんだから。

今回の件は未だに「汽車ポッポ」の標識が使われている事、知らない内に自己流に標識を解釈していたと知りました。


昨日、目白通りにて、信号待ちでパチリ。
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東京都新宿区下落合2丁目付近にて。西武新宿線の踏切で見かけたのです。もう、ぶったまげました。上には上(いや、下か)があるものです。23区内で見かけるとは想像もしませんでした。

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