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2011年8月

帰宅

これから風呂入って、ビール飲んで、寝よう!

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終了

仕事 終了!

これより帰宅。

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ウソツキ

 今日の話の中で、

 「今年、沖縄に行った?」

 と、聞かれてしまった。

 「行ってない」

 と、答えてしまった。

 プライベートの行動は、そうペラペラしゃべれん。

 悪しからず

 今日はこれから夜間の仕事。一頑張りしますか。

 早く終わるといいんだけど。今日は手こずりそう、な感じ。

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民主党代表決まる

 今日の仕事は手こずった。大したことはないんだけど、最後の仕上げで時間ばかりかかってしまった。しかも、あまりうまくいかず、100点満点中50点がいいところ。いつもこれがうまくいかなくて、四苦八苦。こういう時は上手な人のやり方を見て真似るのだけど、そういう人がいない。となると数をこなさなければならない。ところがその数が絶対的に少ないのだから困ったもの。何かいい方法はないものか?

 おかげで腰が痛ン、痛ンしちゃった。


 民主党代表選、小沢派にならなくて、まぁまぁホッとした。前原氏がなるかと思っていたけど、予想は外れた。でもサァ、政権与党の代表選なんだからさぁ、国民投票もすべきだと思うんだよね。肝心なところに選挙権が行使できなくて、政党政治の限界を見た思い。2年まえに政権与党が変わって、サァこれからよくなるかと思ったけど、まるで期待外れ。小沢派になったらヤダなぁっと憂うつだった。ハトポッポみたいに操り人形、じゃねぇ。これからどうなるか、また某国がちょっかい出してくるか?毅然とした態度で臨んでほしい。

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それは無理

 今日も仕事で、休みは返上。みんな、偉いね。何の不満も抱かない。とても足元に及ばない。

 今日は早く帰宅できるかなと思っていたけど、無理だった。帰宅したのは6時。これでも普段よりは早いのだけど…。

 昨日今日は高円寺の阿波踊りで、時間は午後3時から6時まで。帰宅したのが6時。阿波踊りが終わるのが6時。こりゃ無理、見に行けない。この熱気を感じる事が出来なかった。

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今日は疲れた

昨日のネタ用写真↓

 昨日はネタ用写真を撮って、文面もある程度考えていて、どう書こうかなっと思っていたその時、先の同窓会の写真をアップしたと連絡が来た。

 写真の容量が大き過ぎて自分のケータイからは見れなかった。だけど帰宅してパソコンで見てみると、つい見入ってしまった。あの時の雰囲気が蘇って来て、何だか懐かしい。もっと話したかったなぁ。時間があっという間もなく過ぎちゃって。気付いたら、もう、こんな時間!てな具合に。

 昨日は見ているだけで、そのうち、どうしようもなく眠くなって、寝てしまった。

 今日は腰が痛~ん。忘れていた腰痛が、治ったと思っていた腰痛がぶり返してしまった。

 今日はシッチャカメッチャカ。Aという作業をしているとBという作業をする羽目になったり。そしたらDという作業をする事になった後、ちょっとしてCの作業に取り掛かったりと、もうメチャクチャ。こういう事は忙しいでけで効率が悪くて、やりたくない。早く進ませようするあまり、忙しいだけでかえって効率の悪い事をやらされて、たまんなかった。腰が痛くなっちゃったよ、もう。

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痛ぅ!

 今日は滑ってコケ…、そうになった。

 夜、段差に躓いてコケ…、 そうになった。

 どちらも腰に響いてしまった。

 痛ぇ。

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給油

今日は帰宅後、ST4sに乗る。行き先はガソリンスタンド。燃料を満タンにする。18リットル以上入った。

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 こんなのがネタになるなんて、末期的?いえいえ、違います。これからも、乗るぞ!

 今度の日曜日、仕事です。乗る時間が、無い。何で、こーなんかな?

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今日の風景

 同窓会が終わって、ポカ~ンとしています。あっという間もなく終わちゃったね。もっと、いっぱい、話したかった。

 さてと、行きましょうか。

 今日の風景。

 日本橋、左衛門橋から

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屋形船が並んでますね。もうすぐ、隅田川の花火。屋形船に乗って花火見物だなんて、オ・ツ。

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こんな発見が、楽しいのです。

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懐かしの風景 その4

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ある所からある川を見下ろした写真です。ゴメンナサイね、詳しくは説明できなくて。高校時代に撮った写真の中でここから撮った写真がアルバムに貼ってあります。

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ある湖です。湖というには規模が小さいのですが、看板には○○湖と書いてあるのです。中学3年の時、学校行事でキャンプしたのがここでした。この池、いや湖の周りを1周する肝試しが男女ペアになって行われました。ズーッと忘れていたのですけど、2年まえの中学校同級会でそんな話が出て、そんなのあったっけ?よく覚えているなぁっと感心しました。その時のペアが片想い、あるいは両想いのペアだったという事です。知らなかった。全然覚えてない…。ちなみに自分はそういう事がなくて、適当に組み合わされたらしい。

 この時のキャンプで覚えている事は、ロケット花火、ありますよね。特に上空に飛びあがって、ある程度の時間が経つと爆発するヤツ。それを湖に向けて水平方向に発射。するとロケットは湖に入って、ある程度の距離を進んで水飛沫を上げて爆発。中にはそのままになってしまうのもありましたが、何だかそれが楽しかった。中学の時爆竹で遊んでいた時、よく頃合いを見計らって池の中に放り込んでました。すると水中で爆発するものもあり、それが面白い。だけど誤って手に持ったまま爆発させてしまった時はその痛さにもがいて、耳がキーンとなってしばらく何も聞こえない不安にかられたものでした。

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炊事場です。屋根を除けば当時物だと思うのです。高校1年の時も、学校行事としてここでキャンプしました。当時の苦い失敗を思い出しましたね。インスタントのスパゲティを作っていた時、具まで入れてしまって…。結局、味無しで食べたかな?

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動物ネタ。何となくかわいらしいんでパチリ。

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ナントカ林道という事で勘弁を。当時は未舗装で有料でした。今ではもう、というより既に舗装路になっています。林道ファンにはガッカリな事。

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川がきれいで。

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林道を抜けるとこのような高原が。かつてはここまで開発されてなかったように思いますが、バブルを経て、奥まで開発されたのでしょうか。ゆっくりしたいなぁ。

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花が咲いています。

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アップ。

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この2枚の写真は中学の時部活でやっていた競技の大会会場でした。スタートして、あーしてこーして…。当時の事が懐かしく思います。

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その時泊まっていた宿がここでした。2つの大会が連続しいたので5泊もしたんです。中学1年から3年まで泊まった宿です。もう一度泊まってみたいなと思いつつ、いまだに実現していません。最近、夢を忘れているなぁ。

 競技の性格上、年度末遅くまで部活動をしていました。大抵なら高校受験に備えて1学期、もしくは2学期の大きな大会で持って3年生は引退なのですが、なんと3学期の1月半ばまで。成績が良ければ2月の初めまででしたね。成績が及ばなかったので1月半ばで引退。その後は日曜日とかちょこっと練習に参加した位かな。高校受験が終わるとまた復帰して練習を再開しました。周りの雰囲気に連れられた面もありました。その頃になるとタイムを出す為にスタイルが根本的に変わってしまって、ついて行けなくなりました。中学2年生のころから膝に痛みを感じるようになって、しばらく練習を休んでも、痛みはあまりよくならない。医者に行っても関節炎というだけで、なかなかよくならない。冬になって練習の方法が変わると痛みは感じなくなりましたが、3年生の1学期で再び痛みを感じるようになりました。しばらく休んでもよくはならず、それでもサッカーだけはやってたな。サッカーだけやっているのでチクリと言われた事もあった。
 2学期になって、痛いのを我慢して練習していました。今にして思えば適度に休憩を取る事、焦らない事でかなりまで防げたと思うのですが、1日休めば2日戻ると言われた当時の事。それも出来なくて、耐えられなくなるまで練習。で、スタイルが根本的に代わってしまったから痛みが続くようになりました。高校に入って同じ競技を続けようにも、練習は更に厳しくなる。とても耐えられないなと思いました。そこでやめようと決めたのもここでしたね。今にして思えば1年位休めがかなり回復したと思うんですけど、そんな考えなど思いも浮かばなかった。自分の例でいえば成長期の適度なトレーニングは大いに薦められますが、過度なトレーニングは絶対にご法度。成長には個人差が大きいですし、焦らずじっくりとするのがいいと思います。子供を持ったなら、そうさせます。その後、膝の痛みは二十歳のころまであり、最近になってまた感じるようになっています。

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大会は2つ連なっていたのですが、高校のオリエンテーションがある為、1つのみ参加しました。宿でよく考えて、高校に入学したら辞める決断をしたのです。膝の痛みに耐えられない、当然、厳しくなる練習について行かれない。別の何かもやってみたい。帰り道、車の窓からこの風景をじっと見てました。今でも忘れない事です。

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行程は飛びまして、信州新町、長野市に合併した、にある焼肉屋でジンギスカンを食べました。サホール、ラムと2人分食べたのです。

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諏訪湖畔の花火。

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懐かしの風景 その3

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富山県に入ります。県境での記念撮影は欠かせません。「分割・日本1周」では、ホントいい記念になりました。バイクだと、ヒョイと停められるのがいいですね。

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やっぱり名物の美味しいものを食べたいわけで。やっぱりこの辺はタラ汁でしょう。小鍋にドン!と出てきました。ちょっとワイルド。これは美味しかったなぁ。フーフーいいながら食べました。

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宮崎海岸でヒスイ探し。そう簡単には見つかりません。そもそも、ヒスイって、なぁに?これですからね。

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この日も日本海に落ちる夕日を見ていました。何回持ても飽きないです。

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ちょっと「鉄」します。

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もうちょっとだけ、「鉄」。

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糸魚川で国道8号線から148号線に入ります。懐かしい風景だなぁ。当時と変わりません。薄暗くなってしまって、これから夜間走行。

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国道148号線、平岩パーキングにて。街路灯に集まる虫が凄い!自然が豊か。

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おきな蛾です。与那国島のヨナグニサンには及びませんが、相通じるものがあるように感じました。東京ではこんなに大きな蛾を見た事がありません。

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旧千國家住宅。案内によると1700年代末から1800年代初頭に建てられ、牛方宿としては旧街道沿いに現存する唯一の建物だそうです。バイクや車で遠出すると、このような発見が楽しいのです。

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わかる人にはわかると思いますが、ここはとある所です。中学の時部活である競技をしていたのですが、中学1年の時に泊まった宿です。当時と変わりありません。看板もそのまんまです。明日は大会だというのに夜更かしして、テレビで映画を見ていたり、そういうのが楽しかったですね。見ていた映画は「アリゲーター」でした。

 ここには中学校時代3回訪れていて、2回目と3回目は違う宿。この近くなのですが、こっちの方は全く新しくなっていました。大会前だというのにテーブルゲームなんかやってました。今だと別になんでもないと思いますが、当時は戒められてたものです。「ゼビウス」でしたね。

 中学時代に大会であっちこっち行く事が、なぜか楽しかった。窓から見える景色が新鮮で。中学時代はこういう機会を除けば本当に行動範囲が狭くて、これが高校時代の反動につながったのだと思います。今でもあっちこっち行くのが好きなのですが、その原点はこの時に培われたのだと思うのです。

 この後はひたすら走り、かつてはクネクネした道が、今では整備されてスーッと走れるようになりました。時の流れを感じつつ運転するのでした。


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懐かしの風景 その2

 次の日は午後から出かけました。

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上越の海です。アングル的にはイマイチですけど、まぁ、いいや。高3の時、友人と泳ぎに行った事があります。でも水泳は苦手でして、実際の所、あまり泳げません。体育の授業で水泳がありますよね。水泳の授業の前、「泳げない奴は手を上げろ」と先生に言われまして、恥ずかしながら手を上げましたよ。クラスでは自分の他に泳げないのがもう1人いました。でもね、振り返ってみると泳ぎを習った事などありません。小さい時にプールに連れてもらって自然に泳げるようになるのかもしれませんが、無理でした。小学校の6年間でも、こうすれば泳げるようになるよと教わった事はないです。泳げる人に基準を合わせてドンドン進んでしまう。泳げない人は置いてけぼり。夏が来ると憂うつでした。

 小学校の6年の1学期まで東京にいました。今でもやっているのかわかりませんが、当時、夏休みになると学校のプールを開放して泳げるのですけど、これが嫌で…。5年生の時だと思うんですが、夏休みの42日間で3回しか行来ませんでした。2学期になったら、なじられました。

 曲がりなりにも25mを泳げるようになったのは、腰痛治療の一環として泳ぐ事を薦められてプール通いしていた時です。平泳ぎ、犬かきはかえって腰を痛めるからダメ。クロールか背泳ぎで泳ぎなさいと先生に言われました。背泳ぎは出来ないからクロールのみ。そこで曲がりなりにも25mを泳げるようになったのです。腰痛治療の一環ですから無理は禁物。魚になった気分で泳いでました。今はプール通いもやめてしまいましたが、時間の余裕ができたら、再びやってみようかな。とにかく、学校時代は夏休みは好きでしたが、夏は水泳があるので憂うつでした。

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上越にある海洋フィッシングセンターです。入場料がかかるので入りませんでした。高3の時、引き続いてここで魚釣り。友達は2匹位釣ったのですけど、自分は当たりのみ。しかも、仕掛けを岩に引っ掛けてしまいました。何の魚かな?よくよく見ると、ハゼではないかと思ったものでした。

 この頃も数は少ないけれど、写真を撮ってたんです。でも帰宅後、巻き戻してみると、手応えがない。あっと思って蓋を開けてみると、フィルムが入ってない。その頃使っていたカメラはミノルタの見た目がガンダムチックなカメラで、オートフォーカスでしたが、巻き上げ、巻き戻し、全て手動。しかもその頃のカメラって、フィルム確認用の窓がない。だからわからないんですよ。あ~ぁとガッカリしてしまいました。今あれば、いい記念になったのに。海洋フィッシングセンターの領収書はまだ取っていて、アルバムに貼ってあります。

 カメラの失敗でいえばもう1つ。修学旅行での失敗があります。修学旅行ではカメラ係を買って出たのですけど、だから自分の移っている写真は少ない、何本か取ったフィルムの内1本が、半分くらいかなぁ、カメラの中でクシャクシャになっておりまして、ダメになってしまいました。痛恨の失敗でした。
 この頃はねぇ、クラス行事とか、学校行事とか、とにかく不熱心で、写真配布も修学旅行が終わってから1ヶ月以上経った頃にようやく…。「今頃やっているの?」なんて言われたっけ。卒業アルバムの中にある修学旅行の写真の中で、原爆ドームとか、工事中の瀬戸大橋とか(年代がバレる)、平安神宮の写真があるのですけど、これは自分が撮ったもの。風景写真が多かった。撮った写真を見られた時、「何でこんな写真撮ったの?」と言われたっけ。「この向こうに小豆島がある」と答えたのを今でも覚えています。

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国道8号線を糸魚川方面に向かっていると滝が落ちているのを見つけました、高2の時です。2度目のツーリングでした。写真がそれだと思うのです。当日は雨でしたから、ハッキリと落ちているのがわかりました。何だか世界が広がったのを実感したものでした。ダンプカーに水しぶきを浴びせられ、一瞬視界が遮られドキッとした事もありました。

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日本海側は海がきれいでいいなぁ。こうして、海沿いに走るのが好きです。

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天険トンネル手前に遊歩道がありまして、そこの展望台から撮った北陸道親不知子不知I.Cです。さすがに当時はここまで来ておりません。海にせせり出ていて、ある種の迫力を感じます。これが出来たのが1988年7月。バブル全盛期です。だからこそ出来たのかなと感じました。
 1988年かぁ。また、戻りたい。何もかも1988年に戻ってみたい。見るもの聞くもの全てが新鮮で、なんでもすぐに吸収出来たあの頃に。ホントにあっちこっち行ってみたくて行ってみたくて。でも…、全く出来なかった…。だからこそ、今でもあの頃を追いかけていて、僅かでもいいから取り戻したい。傍から見れば1泊2日で沖縄に行ったり、走ってばかりで通り過ぎるだけだったり。全く“うましか”のように見えるかもしれません。見えるかもしれないけど、原動力の1つにこの様な思いがあります。

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親不知子不知のジオラマです。かつては交通の難所として知られてました。中学2年の時、合唱コンクールで歌った歌が「親不知子不知」でした。

有磯の 岩陰に 苔むした地蔵が

霞む沖を じっと 見つめている

子を呼ぶ母の 子を呼ぶ母の 叫びが聞こえぬか

母を呼ぶ子の 母を呼ぶ子の 嘆きが聞こえぬか

(中略&失念)

鴎は 鳴きつつ 飛び交い

海を潜り 波間を滑る

鴎の歌の悲しさよ

じっと 見つめる 苔むした地蔵も

夕暮れ夕暮れる

親不知子不知の 沖も…

(以下失念)

冒頭はこのように始まり、このように終わります。残念な事に、今となっては歌詞を部分、部分失念しております。それほど昔は交通の難所と知られ、幾多の悲劇が繰り返された所でした。いかに難所だったか、今でもその片鱗を見る事が出来ます。海にせせり出ている北陸道、今は廃道になっているかつての国道8号線ももちろんですが、現在通行している親不知子不知トンネルさえ、その片鱗を見る事が出来ます。

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明治16年に開通したこの道も、今は遊歩道として活用されています。このような所を訪れて思うのは、やはりいろんな所に行ってみたい、見てみたい、知ってみたいという気持ちです。高校に入学して間もない頃、地平線が見たいと思ったその時、やりたい事を見つけたのでした。それ故に実行したくても制約が厳しくて、そこにもどかしさ、やり切れなさ、不条理さを感じたものでした。今にしてみればまるで子供だったにせよ、当時はそう思っていたのです。

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如砥如矢(とのごとく やのごとし)。右から読みます。開通の喜びを文字に刻んでいる、そうです。

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天険トンネル。

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これはかつては電話ボックスだったと記憶してます。今は電話は撤去され、配線がチラリと見える程度。携帯電話の普及とともに、使われなくなったんでしょうね。


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懐かしの風景 その1

 同窓会に参加して懐かしい顔ぶれに再会すると同時に、夏休みの4日間で懐かしい風景にも再会してきました。4日間での、5日目にちょっとかかりましたが、走行距離は1311.2km。1日平均300kmオーバー。これがいつものツーリングであれば、まぁ、別に平均かなと思うのですが、いろいろ用事を申し付けられまして…。実質的には正味2日間…。我ながらよく走ったものだと思います。いつもの事ながら時間が…。

 写真をアップしながらチラホラ書いてみようと思います。このブログ、ブログ書いてまーす、見て下さーいとはほとんど周囲に教えていません。内容が内容だから遊んでばかりいやがってどーしよーもねぇ奴だと白い目で見られてしまう。周囲の“空気”は仕事以外の何かに興味を持つ事をよしとしない、そんな前時代的な雰囲気が今尚プアンプアン漂っています。だから内緒。先に沖縄に行った事など、とても口に出せません。仕事サボって時間を作り、BEGINのライブに行っただなんて、口に出したら…。

 匿名だから書ける事、匿名だから書けない事など、ネットとはいえ公開する以上自分なりの基準もあります。が、それよりも何よりも、やっぱりどうしてもホンネというものも出てしまいます。こんな風に思っているんだとか、あるいはそんな意図は無いにしても思わぬところで傷つけてしまったり…とか。何となく知られたくない、でも話してみたい。自分で殻を作っている感もあるのですが、打ち破れません。屈折したそんな矛盾を両立させてくれるのが匿名のブログ。いいものが出来たものだと思わずにいられません。

 前置きが長くなって明後日の方向に行ってしまいました。写真をアップ。


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高校の時、初めてツーリングしたコースを辿ってみました。国道8号線を上越から柏崎に向かいます。写真は米山付近だったかな。もうちょっと手前だと思います。

沿線に立ち並ぶ家々を見ながら、この家は新しいから当時は無かっただろう、この家は“そうではない”から当時からあっただろうと、当時物を探しながら運転していました。もちろん記憶からは無くなっているのですが、もしかしたら記憶の中の奥の方に残っているかもしれない。当時の風景を思い浮かべながら運転するのでした。

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日本海鮮魚センターです。他にもホテルやレストランが並んでます。初めてのツーリングでは素通りしたと思います。コンクリート壁に絵が描かれているのがわかるでしょうか?高校3年の時、友人とツーリングした時は鮮やかに描かれてました。今は色落ちしてしまい、何が何だかわからなくなってしまった姿に、時の流れを感じます。

ここは卒業して何年かした時、他の友人とドライブしました。ここの1角にお寿司屋さんがあって名前は何だったっけなぁ~?鮨健だったか?確か鮨ナントカだったと思うのです。ここのメニューにデタラメ寿司というのがあって、お値段は2300円程度と、チトお高いのですけど、ネタが珍しいものでした。ホタルイカの塩辛、タコの卵、鮭の軟骨と詳しくは思い出せないのですけど、ネタが珍しいという事で教えてもらったのです。今回も暫くぶりに食べてみようと思っていたんですけど、お店が無くなっていました。

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これがコンクリート壁です。まだまだ鮮やかな部分は比較的新しいものか、あるいは塗料が改良されたのか。色落ちしてしまった所は、もうわからなくなってしまいました。

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いか焼き、350円。柔らかくて、美味~。

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柏崎の海岸です。当時はこのように整備されてませんでした。そのまま直接、砂浜にバイクを乗り付ける事が出来ました。写真をよく見ると、砂浜に車が乗り入れてますが。とにかく、海が見たかったんですよねぇ。行動範囲の狭かった中学時代の反動が出たせいか、あの向こうの世界への憧れが強かった高校時代です。

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日本海に落ちる夕日。この日本海に落ちる夕日が好きです。何せ、きれいですから。九州から宗谷岬まで日本海沿いに北上してみたいという夢があります。「分割・日本1周」で実現しているのですが、改めてもう1度やってみたい。日本海の海岸美を見ながら北上してみたい。最近、夢見る事、忘れている。

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JR柏崎駅。ちょっと年代をバラしちゃうと、当時は国鉄でした。駅舎は今も変わりありません。今と違ってあまり写真を撮らなかった当時の事、写真はありません。当時、写真は高かったですよね。フィルム代、現像代、しかも写真1枚につき35円程度の費用がかかりました。それが25円、15円、10円…となっていき、1円。ついには現像代のみで36枚撮りフィルムが現像出来るようになっていきました。

フィルムでいえば同じメーカーであっても、国内で流通するフィルムより、一端輸出して逆輸入したフィルムの方が安いという現象がありました。流通経路が長くて、結果的に高くなる国内のみで流通するフィルムよりも、外国を経由して流通するフィルムの方が安いのですから、高校生ながら憤慨した覚えがあります。だけどこれは今になってみると浅はかな見方だったかもしれません。確かに高くなるのだけれど、それによって多くの人の雇用が守られていたのも事実。明日への不安を感じる事さえ無く、1億総中流を謳歌していた時代だしたね。何だか古き良き時代だったと思えるのは私だけでしょうか?デフレが進み物が安くなりましたが、給料も…。「安いは愛だ」なんてキャッチフレーズを見ましたが、喜べない。経済は流通するものですから。どこかの頭のよい人の考えた愚策…、のように思えるようになりました。

 政権与党が変わって2年。本来ならば今頃成果が上がってなければならないのに、前首相は夢遊病というか、理想ばかり述べるだけで二進も三進もいかなくなって首相の座をポィ、現首相は“あかん”。退陣条件を出したら、意外と粘る。そりゃ粘りますわな、目標が出来たわけだらか。次は誰が?現政党最後の首相という声もあるけれど、2年間の迷走は実に大きい。


 その後はかつてのツーリングコースを辿って帰路につきました。ただ夜間走行なので走りに徹します。山間に花火が見えてきれいでした。


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あぁ、休みが…

 昨日の事、明日は休みだし、何しようかな?写真整理したいし、ブログのアップもしたい。バイクにも乗りたいと考えていた。そこに1本の電話が入った。

「明日なんだけど、大丈夫?」

 何と打ち合わせの件で、今日の日曜日に打ち合わせしたいとの事。

 内心、ヤダ、という言葉が出たけど、口から出た言葉は、はいわかりました。

 しかも時間は13時30分から。帰ってくれば夕方じゃん。10時ごろ出ないと間に合わない。

 こうして休みが無くなっていく…。

 ST4sのオドメーターが滞っていく…。

 帰宅後、せめてエンジンだけでもとかけてみる。セル1発でエンジンがかかった。

 いつも、こんないい子ちゃんだったらいいのにな。

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2002沖縄島巡り その25

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明石海峡大橋が見えます。

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明石海峡大橋をくぐります。

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明石港入港。20分の船旅です。

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山陽本線に沿って。

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神戸淡路鳴門道布施畑I.Cから高速道路を走って、ひたすら東京を目指して帰りました。

8月15日 自宅~有明埠頭 20.7mile

8月16日 ありあけ船内

8月17日 那覇港~瀬長島~那覇 16.9mile

8月18日 那覇~運天~伊平屋島 86.8mile

8月19日 伊平屋島 59.5mile

8月20日 伊平屋島~運天~名護 110.7mile

8月21日 名護~運天~伊是名島 73.6mile

8月22日 伊是名島~名護 28.5mile

8月23日 名護~伊江島~那覇 151.2mile

8月24日 鹿児島~加治木 29.1mile

8月25日 加治木~宮崎 148.7mile

8月26日 大阪~淡路島~東京 506.1mile

総走行距離1231.8mile。

当時のバイクはGPZ1100、アメリカ仕様で、マイル表示でした。 キロメートルに換算して1970.88km。

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2002沖縄島巡り その24

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淡路島震災記念。

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1995年1月の阪神淡路大震災の様子を展示しているのですが、そのものズバリです。断層のズレ、それによる影響、凄いとしか言いようがありませんでした。

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県道31号線を走ります。淡路島1周ももうすぐ。

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タコフェリー発見。淡路と明石を結ぶフェリーです。高速1000円の影響でフェリー会社は苦境に立たされ、航路廃止になったり、便数を減らしたりと、船好きにとっては悲しいニュースのオンパレード。伊勢湾フェリーも無くなってしまいましたね。このフェリーとて運休するとか、再開するとか。今はどうなっているのか…。

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フェリー乗り場にて。乗船待ち。

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あさかぜ丸車両甲板。料金は1150円でした。

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淡路島を後にして。

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2002沖縄島巡り その23

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大阪南港に入港します。下船後、淡路島を周る事にしました。淡路島には1998年に川崎重工明石工場を見学した際、東側半分周っているのです。今回は残る西側半分を周って1周してみよう。

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大阪から阪神高速、ハーバーウェイを走って一般道を走り、まずは和田岬駅へ行きました。JR山陽本線から枝分かれするような、盲腸のような路線です。この頃もそうですが、終着駅に行って、写真を撮るだけ。もう2年早く始めていたら、相当数周っていたのにな。まずは1つクリヤー。

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明石海峡大橋を渡って、淡路S.Aからの眺め。明石海峡大橋が見えて、いい眺めでした。

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そのまま高速道路を走って、淡路南I.Cで下りました。

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ちょっと見にくいかもしれませんが、向こうに鳴門海峡大橋が見えます。

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淡路島サンセットラインを走ります。夕日がきれいなんでしょうね。

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一宮淡路城。

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オドメーター28000mile。県道31号線、一宮町と北淡町の境付近で。オドメーターの下3桁に0が並んだ時、記念撮影します。これはGPZ900Rのオドメーターが10000kmに達した時からやるようになりました。いつ、どこで0が3つ並んだのか、記録しているのです。ST4sに乗っている現在も続けています。

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どちらも同じ?

8月19日の日記

 昨日は猛暑で、汗吹き出しまくって全身びしょ濡れ。

 今日は激しい雨で、全身びしょ濡れ。

 昨日より涼しくていいなと思っていたら、結局同じやんか。

 


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2002沖縄島巡り その22

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国道265号線、木場屋敷付近。道路沿いの岩にコケがびっしりと生えていて、これが結構きれいでした。

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国道265号線、輝嶺峠。GPZ1100の、低速で粘り強い特性を生かして走ります。

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廃校になった尾股小学校。かつての卒業生が訪れてくる事はあるのでしょうか。

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卒業生のモニュメントだと思うんですけど。草に埋もれつつあるようです。今はどうなっているのでしょうか。

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米良稲荷橋。

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一ッ瀬川。水がきれいですね。

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西都原古墳群。ここに着いたのは16時近く。大急ぎで資料館を見学しました。


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日向新富駅。1991年の九州ツーリング以来11年振りに訪れました。駅舎が新しくなっていて、当時の面影が無くなってました。

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富田浜公園教育キャンプ場。1991年の九州ツーリングでキャンプした所です。ツーリングでの初めてのキャンプがここでした。でも、さすがに夏の九州。暑くて眠れませんでした。夜、地元と思われる方からお刺身とお酒を頂きました。翌日は、しっかりと二日酔い。

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一ッ葉有料道路料金所。

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みさざきエキスプレス。宮崎~大阪を結ぶフェリーです。

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車両甲板。GPZを積み込んで、九州ともお別れです。

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過去記事手直し

過去記事の「琉球國祭り太鼓奈良支部結成5周年記念万葉マレビト伝」を手直ししました。

意の如く手直し出来たわけではありませんが、かなり見やすくなったと思います。

匿名のブログの過去記事とはいえ、自分の記録でもありますから、ぼつぼつと手直ししていく予定です。

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2002沖縄島巡り その21

 鹿児島港に到着して、加治木町のビジネスホテルに1泊した翌日になります。

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国道10号線から、辺田小島。

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国道223号沿いにある、坂本竜馬とお龍の像。

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宮崎県に入ります。

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賽の河原。

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韓国岳。

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えびの高原。

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七折の滝。

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生駒高原。


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とんだハプニング

 今日から日常の生活が始まった。だけど周りはまだ静かで、仕事の電話がかかってこない。シメシメ?とばかりにのんびりしていたら1本の電話。

「まだ、やってないんだけど…」

「ンッ?」

 どうも連絡の行き違いか、不手際が発生したらしい。眠気も吹っ飛んで、急いで取り掛かる事になった。

「言わなかったっけ?」

と言われたが、

「いや、聞いてないです」

と断言してしまった。そう言われれば、言われたかな?と思ってしまう。沖縄から同窓会までのやり取り、沖縄以前のやり取りを思い浮かべるが、思い出せない。暑さでボーッとなってしまうし、同窓会前はてんてこ舞いだった。

 やはり、電話のみのやり取りだと聞いた、聞いてない、言った、言わない、となってしまう。その場でメモを取るべきなのだけど、ディスクに構えているわけじゃないので、意外とこれが難しい。しかもこの業者、ややルーズなところがあって、仕様書を送りますと言ってもなかなか送って来なかったり…。そんなんで後回しになって、忘れてしまったのかもしれない。直接確認すれば一目瞭然でわかるのだけど…。本当のところは闇の中です。

 仕事先に着いて

「1日中かかります」と言って、取り掛かったけど、半日で終わってしまった。何事も余裕?が必要じゃん。

 帰ってくると汗ビッショリ。暑さでクラクラ。今日はまだ“静か”だし、こう暑くてはたまらない。次の仕事の段取りをして、“明日からがんばろう”ということにしてしまった。

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普段の日常始まる

 東京に帰って来た。今日から普段の日常が始まる。同窓会に参加して、あっちこっちと思い出の地を駆け巡って、走った距離は1311.2km、5日目にかかっちゃったけどさぁ。しかも日中目一杯というわけじゃなくて、夕方から、午後から、15時からと、そんな時間から駆け巡って、よくぞ走ったものだ。先の沖縄以上にハードになった。

 写真もいっぱい撮ってきたし、溜まるネタ、滞る更新、っていう奴に陥った。過去記事も手直ししたい。毎度のことながら時間の余裕が無くて…。今日から普段の日常が始まる。チト、悲しい。神様、時間を下さい!

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幹事さんに感謝

幹事さんに感謝
同窓会の幹事さんにこの様な機会を設けて頂いて感謝。

この様な機会がないと会う事はまずないだけに、なんて感謝したらいいのかわからない。

会場内でワイワイガヤガヤやっていた時も、そのドアの向こうでこれから来るかもしれない同窓生を待っておられるなど、舞台でいえば黒子の役に徹していて、全く頭が下がる思いだった。

日に日に遠くなる高校時代、もちろん忘れる事はないけれど。懐かしい面々に会えて、その当時に戻った。どちらかというまでもなく印象が薄く記憶に残らない生徒で、誰?と言われても当然だし、実際に言われたけど、まぁ、しょうがない。こういう機会があった、参加した、思い出に残った。

今度会えるのはいつになるかわらないけど、いつの日かの再会が楽しみ。

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交差点

早いもので同窓会から時間が経ち、すでに過去の事になろうとしている。

卒業してからそれぞれの道に進み幾年月。再び相見まう会場は交差点。卒業した全員が揃わなくても、それぞれの道で頑張っている姿を見ることが出来た。

もう既にそれぞれの道に歩み始めている。共に過ごした時間が懐かしく、それが過去の事になってしまうのは寂しさを感じる。反省と後悔が大きい高校時代。だから共有する思い出は少ないんだけど、高校時代のあんな事、こんな事、何だかついさっきのように思い出す。
この日集まった面々の中には、もう2度と会う事のない人もいかもしれない。しばらく振りの同窓会。また会う日までグッドラック!


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高校同窓会

高校同窓会
一昨日は同窓会。誰が来るのかは知っていたけど、わかるだろうか?物凄い不安を感じながら、覚悟して会場に入った。

そこには懐かしい顔ぶれが揃っていた。パッと名前が浮かばなかったりしたが、面影があってすぐに思い出した。他クラスとなると…な人もいたりしたけど、そこは同じ学校に通っていた者同士、もう名前がわからなくてもお構いなし。

不思議な事に酒が入るにつれ、在学当時の顔に戻っていき、面影がより鮮明になった。当時の担任の先生も、うちのクラスを除けば4人来られ、「?組の○○です」と挨拶。もちろん、自分の事は覚えておられなくてもそれはそれ。

会場のスクリーンには当時の懐かしい映像が流れ、すでに忘れてしまった事を思い出した。

1次会2次会と楽しい時間はあっという間に流れてしまい、もう終わり?てな感じで終わってしまった。

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いよいよ

現地、到着

会場、確認

ドキドキするなぁ

同窓会、もうすぐ

外は雷雨

今、一休み

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今日は同窓会

 昨夜、池袋のジュンク堂に行った。さすが、大型書店。ついつい、長居してしまった。レジで精算を済ませると、店員さんの人数がいつもより少ないのに気が付いた。夏休み…、なんだろうなぁ。

 いつも8月13日は出発日だった。GPZ900R、GPZ1100に乗っていた頃は毎年この日に出発していた。2ヶ月前にフェリーの予約をするのだけど、いつも大変で、電話がつながらない事が多かった。無事に電話がつながり、予約が取れた時はホッとしたものだ。ST4sに乗ってから2年に1回の割合にダウン。けして望んでいるわけじゃないけれど、ロングツーリングに行きにくくなってしまった。

 2年前の今頃は海の上だった。確か今この時間は潮岬の沖合だったはず。時間をかけて旅がしたい。

 いよいよ、今日が同窓会。久しく会ってない面々が多数。いやいや、ほとんど。ドキドキ、ドキドキ。

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高校の同窓会迫る

 高校時代の同窓会がいよいよ明後日に迫った。

 何だか凄くドキドキ、ハラハラするんだよなぁ。

 昔話に花咲いて盛り上がるか、会話が続かず針のムシロになるか。

 今回は全クラス合同だからなおの事。同じクラスなら名前は覚えている。だけど他のクラスになると、心もとない。連絡を取り合っていた幹事さんとて在学中に話した事は無いと思われるし、どんな印象の生徒だったか、大変申し訳ないんだけど、記憶が…。それが出身校が同じだからという理由で連絡を取るなんて不思議。しかもその幹事さんから担任の先生の近況を知らされるなんて、これまた不思議。思わず「えっ」という事で、ご自宅までお伺いしてしまった。

 この期に及んでもジタバタしていて、やめようか、だなんて思ったり、気分をハイにして「久し振り~」とやろうかと。同級生でさえ卒業後はほとんど疎遠になってしまっただけに、他クラスとなると、未知との遭遇?

 過去記事を手直ししたい、本を読みたい、映画を見たい、ツーリングに行きたい、写真整理したい、全てが手に付かない。

 昨日、同じ中学校出身の人から、残念だけど同窓会に出席できなくなったと連絡が来た。幹事さんの連絡先を教えておいた。連絡した、という連絡が来た。独身者だったら乗せてってあげるのだけど、既婚者ではあらぬ誤解を招きかねないので、それも出来なかった。そもそもこの人から真っ先に連絡が来ただけに、残念だという気持ちでいっぱい。当の本人はそれ以上だろう。本人の気持ちはさぞ残念だろう。

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創作エイサースピリッツ -沖縄の太鼓の響き-

 7月30日の新宿エイサーまつり、夜の部をモア4番街で見ていました。最初の創作太鼓衆美らさの演舞直前、美らさの公演が翌日にあるから見に来て下さいねという案内があった。沖縄から来た団体の公演が関東である事はそうそうないので、見に行ってみたいと思いました。

 新宿エイサーまつりは19時に終わってしまったので、それならばと早々と帰宅。帰宅後、美らさのHPを見ると場所は三郷市文化会館で入場12時30分、開演13時と微妙な時間。出演するのは美らさの他に、琉球國祭り太鼓、創作エイサー隊炎舞太鼓の3団体。もう少し遅い時間だったらなぁ、見に行けるのにと、こりゃ無理だと一端は諦めた。

 見に行きたい、でも「明日、来ますから…」と仕事がある。もしかしたら、なんとかなるかもしれない。そこで早速、仕事の続き。まだ早い時間だったので、近所で盆踊りをやっている。「東京音頭」なんか聞こえてきた。音が発生する為、近隣から苦情が来るかと内心冷や冷やしながら残業する事23時、ようやく一段落。

 翌日は6時前に出発。コンビニで買ったサンドイッチをパクつきながら運転する事40分、仕事先に着いた。いつもは1時間半はかかるのに、さすがに早朝は早かった。すぐ仕事に取り掛かかった。運よく音が発生しても苦情の来ないところだった。ところが、、これまた悪戦苦闘。苦闘する事、4時間。イマイチ不満なところもあったけど、まぁ、いいやと妥協した。

 急いで帰宅して、家に着いたのが11時半。三郷市文化会館の場所を確認してから出発したのでした。


 公演は創作太鼓衆美らさに始まって、琉球国祭り太鼓。休憩をはさんで創作エイサー隊炎舞太鼓。各団体の五穀豊穣、カチャーシー。アンコールは各団体の代表とするもので、美らさが「じんじん」、琉球國祭り太鼓が「ミルクムナリ」、炎舞太鼓がなんだったけなぁ、申し訳ないけど曲名がわかりませんでした。

 それにしても美らさの公演は凄かった。もちろん琉球國祭り太鼓も炎舞太鼓も凄いのだけど美らさは構成員の平均年齢が若いのか、化粧しているから大人っぽく見えるが、動きが激しかった。若くなくっちゃあんな事出来ない、と思わせるものだった。特にビックリしたのが横回転。普通、横回転する時は両手を万歳して横方向に1回転するものだけど、美らさの場合は片手に太鼓を持っている。だから片手のみで1回転、もちろんステージで披露するのだから「えっ」と驚いてしまった。いやいや若いだけじゃ無理で、運動能力も高くないとあれは出来ないだろう。頭から落ちるんじゃないかと、見てる方がヒヤリとしてしまった。

 それに公演自体も芸能の島沖縄、を感じるものだった。伝統に基づいたものが無いと、ああいったものは出来ない。沖縄に行くと琉球舞踊だとか古典舞踊だとか、そのような教室の看板をそこかしこで見かける。もちろん発表会もあるわけで、市民芸能大会も開催される。そのような発表会はまだ見た事が無いけれど、美らさの公演を見て沖縄だなぁっと。凄い、としかいいようのない公演でした。

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屑人間の証明

 今から24時間前は搭乗手続き中だった。

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 今日はグッタリ…。さすがにハードだった。出発から帰着まで45時間ほどでしかなかった。

 今日は正直いって、仕事にならなかった。もう、社会人失格。屑人間の証明。

 沖縄より東京の方が暑いんだもん。クーラーの効いている室内にいる時は天国でも、屋外に出ると灼熱地獄。頭クラクラして、ボーっとなった。

 特に今回は写真をいっぱい撮ったから、整理が大変。もちろん、楽しみなんだけどね。ちょっと前にネタ用に撮った写真もあるし、出来ればアップしたいな。せっかくだしね。文案はある程度思い付いているのだけど、今日はムリ。そういえば、「2002沖縄島巡り」もまだ完結していない。過去記事も手直ししたいな。IE9に更新したら、写真表示がシッチャカメッチャカになった。「2008沖縄」は手直ししたけど、書くのと同様に時間がかかる。

 義務じゃないからどうでもいいんだけど、こんなブログでも自分の記録なので。

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夏祭り in 那覇

夏祭り in 那覇
昨日、見てました。

今日、帰ります。

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聖人君子になれなくて

明日はついに決行!

後ろめたい気持ちもあるんだけどさ、許してね。

神様だけは、許してくれるよね。

すぐ、帰ってくるから。

たまってるネタは、帰宅後、アップ、するつもり。

そろそろ、日帰り圏内に突入、かなぁ。

ホンネを言えば、もう少し、時間が欲しい。

明日は早起き。


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2011新宿エイサーまつり その3

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琉球旗頭會。空手を披露しています。

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琉球旗頭會。


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琉球旗頭會。

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昇龍祭太鼓。

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昇龍祭太鼓。

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昇龍祭太鼓。

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昇龍祭太鼓。

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昇龍祭太鼓。獅子の登場です。

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フィナーレに琉球旗頭會の演舞を見る事が出来ました。

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全ての演舞が終了した後、「アンコール」の声が上がり、サプライズがあるのかと期待したのですが、ありませんでした。19時、新宿エイサーまつりが終了しました。


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2011新宿エイサーまつり その2

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和光青年会。

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和光青年会。

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和光青年会。

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和光青年会。

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心~くくる~。

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心~くくる~。

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琉球創作太鼓 零。

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琉球創作太鼓 零。

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舞弦鼓。

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舞弦鼓。

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舞弦鼓。

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舞弦鼓。

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2011新宿エイサーまつり その1

 今年で10回目を数える新宿エイサーまつり。やはり、見に行きたい。新宿に行って、沖縄を感じたい。前日の天気予報では午前70%、午後100%の降水確率。開催されるのか、物凄く不安だった。ところが当日になると予報が変わり、雨がショボショボと降る程度。こりゃ、開催だなと喜んだ。

 でも、この日は仕事。なんとか早く終わらせて帰宅したかった。ところがどっこい、これが悪戦苦闘。具体的には書かないけど、確かに上手なんだけど、そこにはノウハウというものが無くて、あえていえば教科書通りの通り一辺倒。それを納まりよく修正しながらやっていったのだけど、修正、確認、修正、確認を延々と繰り返す羽目になった。そんなんで時間を喰ってしまって、しかも事前に用意したものでは合わなくなってしまった。ついに、「明日、また来ますから…」と引き揚げた。

 帰宅はお昼をかなり過ぎてしまった。お昼ごはんを食べてから早速、新宿へと向かった。去年の記事を読むと、やはり薄氷を踏む思いで新宿に向かい、そして沖縄へ行ったんだなぁ。早く早くと焦るような思いでバス&電車を乗り継いで、ようやく新宿に到着したのでした。

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新宿に到着したのは午後4時前。昼の部のほとんど終わりに近いものでした。写真はアルタ前、なんくるエイサーの演舞。唐船どーいを演舞。

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午後の部まで1時間ありますので、沖縄料理店でオリオンビールを飲み、沖縄そばを食べました。ちょうどこの時は雨が降り出してきましたので、いい雨宿りになりました。

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いつもは歌舞伎町シネシティ広場で見ていたのですが、今回は場所を変えてモア4番街で見る事にしました。写真は創作太鼓衆美らさの演舞。沖縄からやって来た団体です。去年はアルタ前で見たのですが、その演舞には目を見張ったのでした。

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創作太鼓衆美らさ。

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創作太鼓衆美らさ。

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今帰仁村湧川青年会。


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ちびっ子ちょんだらーのお顔をアップ。

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今帰仁村湧川青年会。

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今帰仁村湧川青年会。

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今帰仁村湧川青年会。

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今帰仁村湧川青年会。


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ポカ

 昨日は仕事で、ポカをやった事に気が付いた。

 何でこんな単純なミスを犯したのか…。

 今更どうなる事ではないけれど、気付いてみると悔しい。

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