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身は東京にあれど

 今日14日はあるお祭の準備の日。

 3年間、冬と秋のお祭があって、もう、これらは次の世代に引き継いで卒業となった。

 だけど、冬のお祭に関して、人数が足りない、経験者が少ないとの事で卒業した前の世代に参加要請があった。

 出来れば参加したかった。次の世代の為に、手伝いをしたかった。だけど我が身は東京。今日の手伝いに参加するには昨日、今日、明日と仕事を休まなければならない。それが出来なかった。バッチリと組み込まれてしまい、どうにもならない。

 この参加要請がノスタルジーな思い出に浸るものであれば、もう次の世代に引き継いだものなので参加はしない。だけど、人数が少ない、経験者が足りないのであれば馳せ参じたかった。この作業は辛く、ハードなもの。どれだけ辛くてハードなものかというと、こんな言い方はしたくないけど、これを乗り越えればこれから先、辛い事があっても耐えられるんじゃないかと思うほど。

 冷たい、寒い。降りしきる雪の中、黙々と、ただ黙々と作業が続く。今まさにこの時間、ひたすら桁と垂木を縛っている事だろう。5の3(5回立てに縛って3回横に縛って本結び)、あるいは省略して4の2。2人もしくは3人でペアになってひたすら、外は外、中は中、と呪文のように言いながら縄がよれないように縛っているだろう。

 参加表明しなかったから、自分の所には情報が入ってこない。うちの会から誰が参加しているのか、わからない。昨日、電話で訊いてみようと思ったけど、やめた。訊いたところで、何になるのか。参加しているみんな、頑張ってくれ!身は東京にあるけれど、心はかの地にふっ飛んで応援しているぞ!

 去年、作業の合間に記念用として撮った写真からいくつかを紹介します。もうちょっと詳しく書きたいところですが、ブログを書いている事を未だに誰にも教えてません。何となく教える事に抵抗があるので、検索でヒットしない程度にしたいと思います。

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これは胴締め縄製作中の写真です。玉縄を32mの長さで切断し、それを52本用意します。4本1組で編み、更にそれを3本1組で編んで胴締め縄を作るのです。実際に使用する胴締め縄は3本ですが、予備を含めて製作します。製作に当たっては三又、四又の金物を用いていい塩梅に編むようにします。昨年縄係りの長から「やってみる?」と誘われたのですが見習いとして次世代、今の世代に教えなければなりません。少しでも次の世代に体得させるために自分はそれを辞退しました。よって自分はその塩梅を体験していません。

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この写真は御神木を立ててる時のものです。係りの作業が優先ですから、これは体験しておりません。記念として撮った写真です。

この御神木は10月に伐採します。準備、伐採、養生、慰労会と4日間にわたる作業でしたが、2日目の伐採がハイライト。だけど自分は仕事の関係で3日目からしか参加できませんでした。ハイライトである伐採はついに体験することなく、卒業となりました。


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降りしきる雪の中、ひたすら縄を縛っていきます。時に17時55分。この写真を見るとその時の寒さ、冷たさ、辛さが蘇ってきます。でもそれは誰しもが思う事、そして口にしない事でもあります。

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19時57分。夜食の為、作業から離れた時の写真です。社殿、出来つつあります。

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22時48分。まだまだひたすら縛ります。大勢で協力して重い桁を上げて、垂木を上げて。桁にチェーンソーで鋸目を入れて、そこにブランコを設置。人の重さでしならせて、しならせたところで垂木に縛ります。桁、垂木、桁、垂木…、と5段作るのです。上に行く程大きくなり、桁は長く、垂木の数が多くなります。

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日付も変わった午前2時2分、ようやく縛り方が終わりました。

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社殿の上からの眺めを記念に撮りました。本番中は写真が撮れません。記録としてはこの写真しか残せませんでした。

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社殿から降りた時の写真です。これで作業が終わりではありません。今度は見栄えを良くするためにチェーンソーで飛び出している垂木を保存会の指示のもと、切り落とします。ようやく作業が終わったのが午前3時頃でした。作業終了、解散の時、立ち寝をしてしまい、コケそうになりました。

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翌15日も朝早くから作業が始まりました。睡眠時間は2時間、役職によっては1時間しかありません。それでも眠気を感じたのは朝初めのうちだけで、その後は不思議と眠気を感じませんでした。
写真は全ての作業が終了し(少しは残っていたと思う)、神事も終わった時です。これからお祭り本番を迎えるのです。

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お祭の最中は写真が撮れませんでした。社殿の上に上がり、大群衆(?)を前にして“お祭の歌”を同級生同士、順番で歌いました。お祭り本番に社殿の上に上がれるのは一生に一度だけです。
眼下では松明で火元社殿から火を貰って社殿に火を付けようとする側と、それを阻止しようとする側の攻防戦が繰り広げられてます。社殿の上からはその松明を落とします。上から見ていると鯉の餌やりのようにも見え、チョット優越感に浸りました。
やがて火元社殿が社殿に突入してクライマックスを迎えます。

写真は社殿に火がついた時です。もちろん、既に社殿から降りてます。

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桁が落ちだ瞬間です。春から秋にかけて準備していたものが、一瞬にして燃え尽きてしまいます。

この後は濡らした畳で足場を作り、雪を放り込んで火を鎮めます。そしてまだ燃え残っている御神木をチェーンソーで切り倒し、細かく切って燃やします。この様子も攻防戦と違った見物だと思います。どこのお祭りで何というものかは書きませんが。

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翌朝の写真です。燃え尽きてます。

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地元の人が餅焼きに来てます。

それからは係りごと、片付け作業を分担します。準備作業と違って、どことなくのんびりムード。そして寂寥感が漂ってます。学校時代は掃除がヤダといってはサボっていたものも、率先してやる姿を見せるのでした。

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作業終了後、社殿跡に行ってみました。まだ火がくすぶてます。1週間ぐらいはくすぶっているそうです。

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餅を焼きました。直に焼きました。灰が付いてもお構いなく。そして全然芯が硬い状態の餅を、ボリボリと食べながらお祭り会場を後にしました。

 最後の作業は雪が解けてから、お祭り会場の片付けを行います。


 以上で大雑把ですが、大体の紹介を終わります。ご質問等があっても勘弁して下さい。まだ誰にも教えていないブログなので、これ以上の事は書けません。ただ、今この時間は黙々と作業をしています。気持ちの上では今からでも馳せ参じたい。今から行けば切り落としを片付ける事は出来ると思います。だけど、明日は朝から仕事。時間の余裕がまるで無く、どうしようも出来ないのが何とも残念でなりません。降りしきる雪の中、悪戦苦闘している今の世代や、人数が足りない、経験者が少ないからと応援に駆け付けている前世代である諸先輩や同級生らを思うと、もどかしい思いでいっぱいです。


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