聯合艦隊司令長官山本五十六

 今日は映画「聯合艦隊司令長官山本五十六」を見に行った。映画を見るのは久し振りで、過去記事を振り返っても最後に見てから2年以上は経っていると思う。映画に関しては「映画・テレビ」、「文化・芸術」、「日記・コラム・つぶやき」とカテゴリーがごちゃごちゃになってしまった。

 この様な時代物の映画を見る時は時代確証がきちんと行われているかどうかが1つのポイント。走っている車、建物、風俗、衣装などなど。これがデタラメだと醒めてしまう。見ていて気付いたのは小隊長の牧野少尉と部下が一緒に食事をしていたシーン。将校と下士官では食堂が異なるから少尉と下士官、もしくは兵の部下が一緒に食事をすることはないのでは。それにその頃の少尉といえば下士官から昇進した人だろうから年齢的にもっと上のはず。長年の下積みがあったはずなのでそれなりの顔つき、貫禄があるはずだと思いました。となると牧野少尉は若過ぎる。海軍兵学校出身だとしたらパイロットとして第1線に着く頃は階級的に中尉のはず。
 あと牧野少尉が格納庫でゼロ戦に乗っている人(山本長官)を見つけて、「誰だ。オレの飛行機に乗っているのは」のシーン。そこのシーンでの服装が飛行服姿、今でいうフライトジャケット姿であった事。飛行機に乗らないの時は脱いでいるのが普通ではないかと。択捉島単冠湾に集結中で艦内が寒かったというのであれば、何となくわかるけど。
 でもこの点を除けばしっかりと時代確証が出来ているなと思いました。年輩の方が見ればまだまだあるかもしれません。

 日独伊三国同盟に反対しても、日米の国力差ゆえに開戦に反対しても、命令が下れば従わなければならない当時の事。山本大将の苦悩が描かれると共に当時の日本人の、現在にも通じる姿が描かれていると思いました。国民は知りたがっていると称して世論を導こうとし、ガダルカナル島からの撤退を“転進”と表現する新聞社。独ソ不可侵条約に驚き、更にドイツが独ソ不可侵条約を破棄してソビエトに攻め込んだ事に驚くところ。将来の見通しが甘いところ。敗戦になって「アメリカ民主主義・・・」の変わり身の早さ。これらは現在にも通じるものだと思いました。映画で描かれていた新聞社は、多分アレだろうと想像しました。 

 ミッドウェイ海戦のシーンで牧野少尉の部下のゼロ戦が機銃の故障で戦えなくなり、泣いたような顔で牧野少尉に別れを告げて敵航空母艦に突入、自爆するシーンは胸に迫りました。鹿屋航空基地資料館、知覧特攻平和会館で読んだ「明日、敵艦隊ニ突入シマス」、「アトニ時間デコノ世カライナクナルト思ヘヌ程、心安ラカデアリマス」の特攻隊員の遺書を思い出しました。

 山本長官が前線視察の途中で襲撃されて戦死してから敗戦までがあっという間で、ばっさりカットされたように感じました。映画のタイトルから外れてしまうのかもしれませんが、描かれていればもっと厚みが出たのではないかと思います。

 ひめゆり平和祈念館で証言者の方が「私たちの頃は教えられた事をそのままに、疑う事を知らなかった。だから勉強しなさい、勉強しなさい」と言ってましたが、それは今でも通じる事だと思います。

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ラーメン

ラーメン
 
 最近でもないですが、この様なラーメンにはまってます。ラーメンというより中華そばといった感じでしょうか。

 出前もするお店のラーメンですが、お店によって味が違うのを発見しました。当然といえば当然ですが、この様なシンプルなラーメンも奥が深いなぁっと思いました。

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たい焼き

たい焼き
昨日の夕方、たい焼きを食べた。

作っているのを見ていると、なかなか面白い。

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一期一会

 「一期一会」という言葉があります。手元にある辞書を引くと、一生に1度限りの事。生涯に1度会う事。茶道で、どの茶の会でも一生にただ1度だと考えて、常に誠を尽くすべきだとする考えによる。と、書いてありました。

 この様に玉とも石ともつかないブログ、どちらかというと石でしょうか、を書いていますが、手元に辞書は欠かせません。普段何気に使っている言葉でも、いざ書いてみると、何ていう意味だったんかな?これでよかったっけ?と思う事が少なくありません。そこで辞書の出番となるのです。

 先日のライブ、終了後に飲み会があるとも思わず、ましてやオール(朝までの意)とは想像もしなかった。この様な機会は普段はなかなか持てず、かつては全く考えられなかった。1人を除いて初対面の方ばかりで、何をどうしたら…?普段でも口数が少ないし、ペラペラしゃべるのも、そんなに得意ではない。

 本当に極々たまにしかこの様な機会が持てないのに、いざその場になると普段の自分が出てしまう。そして終わった後に、なんて話題がないのかなぁとか、もっとしゃべればよかったなぁっと後悔してしまう。その度に「一期一会」の言葉を思い浮かべるのに、今回も…。その場になると、そんな言葉、忘れてしまう。

 昔からこの様な機会を当たり前のように持てたのならよかったのにと、つい愚痴ってしまう。「渋谷に6時半なんだけど、来れる?」、無理だった。その頃は普段の休日さえ思うようにならなかった。そんな事したら少ない休日が更に少なくなってしまう。そんな意識が常にあった。2週間に1度休めれば御の字だった。あなたの1週間分の休みがオレの1ヶ月分の休みなんだよ、と口に出さないまでも毒づいていた。だから腰痛を引き起こして、治療に3年以上…。休日を返上しても能率としてはあまりよくないと気付いたのは、かなりあとになってから。
 休日法違反で逮捕、身柄拘束、留置、取調、起訴、有罪判決、服役、だなんて聞いた事がない。カクカクシカシカに杓子定規で取り締まってたなら、前科何十犯、あまりにも多過ぎて死刑になっている、かもしれない?休日法に違反したからといって誰も損害を被るわけでもなく、本人が損するだけ、職業病とか。逮捕してくれ~と思った事もあったっけ、休めるから。

 だからなんていうのかなぁ、ついついひがんでしまうのかもしれない。屈折した感情が現れるのかもしれない。次回、また同様な機会があるのなら、もっと気楽に楽しみたいな。

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バッテリー充電

 たまにはバイクネタ。

 今日はというより昨日なんですけど、ST4sのバッテリーを充電しました。

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 今の時期は大体10日に1度の割合で充電しているのですが、今回はチョット間が空いてしまいました。乗りたい時に乗れないと、悲しいです。

 ソケットがあるので充電は便利です。ただ、ソケット自体はヨーロッパの規格です。考えてみれば、日本向けの車両なんだから、日本の規格のソケットを装着してくれたらありがたいのですけど。ヨーロッパの規格に対応できる充電器を使用してますので、大きな不便はないのですが。スマートフォンに代えてから、そのバッテリー消費の大さにアタフタ。走行中の充電も考えなければならなくなりました。

 先日の雪はほとんどは融けたのですが、1日中日陰になる場所はまだ融けてません。カチンカチンに凍結したままです。家の周りはそういうところがアチコチにあります。当分、乗れなさそうです。

 今日じゃなくて昨日は帰宅が遅く、夕食後寝てしまいました。今起きて、仕事の報告メールを何通が送信してからブログを更新。エンジンはかけませんでした。

 

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雪かき

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自宅前ではありませんが、積もった雪がこんな状態に。

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これはなんていう商品名だったかな?ラッセルパイプと思ってますが、どうだったか。雪国ではポピュラーに売っている物です。が、東京ではあまり見かけません。あまり、と書いたのは1度だけ売っているのを見たからです。凍てつく前の雪を片付けるのに便利なものです。ブルドーザーになった気分です。東京ではシーズンに何回も使いませんが、あると便利です。

 昨日は気温が高くなってある程度雪が融けるまで、車の運転は控えました。ノーマルタイヤで雪道は怖いです。オレは北海道帰りだ、雪道は慣れているんだとテングになるとボカンとやりそうです。救急車をよく見かけました。

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よなは徹ライブ「新春の歌会~新年のご挨拶申し上げます~」

 一昨日は東京は二子玉川にあるKIWAでよなは徹さんのライブがあった。これは去年の内に誘われていたのだけど、返事をしたのが前日の夜。ギリギリになってしまった。というのも、どうしても仕事の段取りが必要になってしまうから。行くためには良くいえば早退、普通にいえば早終い、悪くいえばサボり、このいずれかでなければならない。それが可能かどうか、間際にならないとわからなかった。ほぼ毎日仕事先が違うので、少しだけ残してサボり、もしくは早終いというのは難しい結構サボっているけど。終わらすためには時間をオーバーしても終わらせなければならない事も少なくないからです。この日は追加が発生してしまったり、雨の為、想像以上に時間がかかってしまった。

 それでもいつもよりは早く帰る事が出来た。車だからどうしても一端は帰宅しなければならない。それから風呂に入って、汗臭い(今の時期はそうでもないけれど)、埃っぽい、爪黒いを取り除いて家を出たのでした。

 かつて「渋谷に6時半なんだけど、来れる?」と誘われた事があった。当時は帰宅が遅いのが当たり前。帰宅してからでないと出られなかった。そうなると渋谷に着くのが9時過ぎになってしまう。ついにこの誘いには1度も出る事がなく、更には呼ばれる事もなくなってしまい、その後それぞれの“人生の選択”によって自然解散のようになってしまった。今回はスタートに間に合わないと覚悟したけど地下鉄が整備された今、当時からすれば渋谷へのアクセスは格段に速く、隔世の感。渋谷で乗り換えて二子玉川に向かったのだけど、スタートから僅かに遅れただけだった。

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 会場に入ると当然の事ながら暗くて、さて、どこにいるのやら。手招きされたので、おそらくあの人だなっと行ってみるとそうだった。仲間内で来ているようで紹介される。もちろんライブは既に始まっていた。

 どんな曲を歌ったか、メモしていないのなんとも書きようがないのですが、持っているCDの中から聴いた事のある歌もありました。ギターの前濱YOSHIROさんとのコラボレーションライブ。去年の琉球フェスティバル、古謝美佐子さんが三線を弾いてよなは徹さんが歌っていたシーンを連想しました。沖縄のライブは最後はカチャーシーで盛り上がるのが楽しい。今回も、もちろん例外では無かった。カチャーシーがなかなかできなくて“ワイパー”になってしまう私。立ち上がると後ろの人の視界を完全に塞いでしまう事もあり、席に座って手を叩いていました。

 ライブの後は場所を変えて飲む事に。外は雪でボタ雪。こりゃ積もるなぁ。飲み会では大勢来ていて、こんなに仲間内がいるのかと驚いた。1人を除いては初対面の方ばかり。普段も無口な方だし、何を話してよいのやら。聞き役に。昔からこの様な機会があったのならよいのだけど、ほとんど持てなかった。この飲み会、どうやら朝までのようで驚いた。翌日は仕事が休みだったり、有給使ったりで時間を作っているようでした。できるだけ付きあって限度だと思えた午前2時。それではみなさんまたお会いしましょうと帰宅したのでした。

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横浜を少し歩く その4

今度は方角に関係なく、展望台から見える風景をアップ。こうすることでグルーっと周った気になるのです。京都タワーでも同じ事をやってました。

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海の見える丘公園。

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外国人墓地。

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南本牧埠頭。

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みなとみらい。

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赤レンガ倉庫。

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大桟橋客船ターミナル。

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山下公園。

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横浜ベイブリッジ。

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横浜火力発電所。

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高所恐怖症の方、目を背けて下さい。展望台は2層になっていまして、これは下の層での写真です。地上91m。また展望台からは東京タワーはもとより、スカイツリーも見えるそうですが、この日は霞んでいて見る事が出来ませんでした。

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日本丸。帰りに通ったので撮りました。

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日本丸からコスモワールド。川を挟んだ対岸の施設と別だと今まで思っていたんですが、同じ施設みたいですね。浅草の花屋敷ほどではありませんが、比較的こじんまりとした遊園地です。おチビちゃんを連れていくと楽しそうです。

かつてはコスモワールドに隣接していた中古車屋があったのですが、今回行ってみると、ナント更地になっていました。ここで今の車を購入したので、現在の姿に目が・。購入してから干支が1巡してしまいましたので、一昔前以上の事になってしまいました。当時は規模が大きくて、しかも深夜まで営業していました。平日で24時まで、金土は26時までの営業でした。現在時刻21時45分、行っちゃえ~とばかりに横浜まで行ったものです。半分寝惚け眼で店員さんの説明を聞いていたのも、今となっては思い出。あれだけ規模が大きかったのに無くなってしまったとは…。ま、お店自体は名前を変えて変えて変えて、別のところで営業中のようですが。

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横浜を少し歩く その3

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さてさて、元町商店街を歩いた後はマリンタワーに行ってみました。マリンタワーは一時、営業を中止していたと記憶してますが(間違っているかもしれない)、営業してました。マリンタワーに行くのは初めてで、そこの展望台から横浜を一望して、グルーっと周った気になろうと目論んだのです。大人750円。

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恋人の聖地、なんだそうです。まぁ、いいや。仕事○○゛って来ている身には、関係ありません。

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展望台から説明文にしたがって東西南北の方向の写真をアップします。

南方向。八景島が見えるのですが、写真じゃよくわからないと思います。

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西方向。横浜スタジアムが見えるそうですが、展望台の説明文を読まないとわかりませんでした。

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北方向。氷川丸が見えます。

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東方向。大黒埠頭。

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横浜を少し歩く その2

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元町商店街を歩きます。

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これは路地をチョット入ったところです。

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革専科ヒロキにクラシックカーを発見。

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この車をじーっと見ていると、やはり元町商店街を歩いている人から話しかけられました。

「いつの車ですかねぇ?」
「戦前の車、じゃないですか?」
と話していると、お店の方らしき人が話してくれました。

イギリス製の車で、「MG TD」というのだそうです。50年前の車で、10年前は動いていたそうです。今は電気系統が不安らしく、いつ止まるかわからないそうで、動かしていないそうです。

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ついでに運転席も。

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お店には古い自販機や、1940年代のアメリカ製の洗濯機もありました。

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代官橋。

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代官橋から。

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